二幕 慟哭は阻まれ

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二幕 慟哭は阻まれ

「自分の腕を突きだし、そこに向かってもう一方の手で握った刃物を当たるか当たらないかのギリギリで振りかざす」という何とも馬鹿らしい遊びが話題になっていたとき、周囲が玩具のナイフを扱うのを見て私は本物のナイフを使うと宣言した。すると周囲は出来るはずがない、ホラ吹きだと煽るものだから、直ぐに教師の引き出しからカッターを取り出し自分の腕に向かって振りかざしたのだ。見ると刃には赤い滴が流れていて、大騒ぎになった。運良く軽傷で済んだものの、それから周囲の私を見る目が変わった。  当時の私は阿呆だったから、それが期待や羨望からくるものだと勘違いして以来、危険な言動を頻繁に起こしていた。件の私を煽った者達は私が負った軽傷に責任を感じていたのか、悪友となり共に悪事を働いた。  雪が降っていた十を迎えた日。私はベットから見た窓の向こうの景色に息を忘れていた。都心では珍しい積雪、既にあちこちには雪だるまが佇んでいる。同学年の少年少女達も私と同じ感情を抱き興奮しただろうが……私はそれでは終わらなかった。  ーー危なそう。  もし周囲があんな真っ白な世界になってしまったら、まず間違いなく迷子になってしまうだろう。帰路も辿れず、更に気温は氷点下。適切な防寒具も纏わなければ直ぐに凍え死んでしまう……。そこで私は、昨晩見たテレビの番組を思い出した。 「そうだ、山に登ろう」  崖、氷柱、ツリーホールや雪崩。饒舌に数多の危険をアナウンサーが煽っていた。夏の昼間にはあんなに楽々登って遊び回った山が、降雪だけで得たいの知れない剣山と化している。自身がそれを乗り越えるところを想像し、抑えきれない興奮が沸いてきた。  私は雪山へと走った。  ◆  想像を絶する恐怖に、私は自らの体を抱いていた。美しく気高かった純白の世界はただ鋭利に冷たく無感情な地獄に映った。まともな準備もせずに来たことが災いし、崖から落ちて足を怪我した私は動けずにただ助けが来るのを待つしかなかった。
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