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Encounter
なんとなくで生きてきた。
なんとなく義務教育を受けて、なんとなく高校を決めて。
周りにそそのかされて、なんとなくで少しグレて、
言い寄ってくる女となんとなくで付き合ったりして、でもやっぱり長くは続かなくて。
大学も、親に勧められたところをなんとなく受けて、元々勉強はなんとなくできた俺は、晴れて大学生。
そうやって甘えて生きていた俺に、三年生の夏、なんとなくじゃ済まない出来事が起きた。
両親の死。
夫婦で旅行中、親父の運転する車とトラックがぶつかって、二人いっぺんに。
まだ親孝行出来てない。
いつか可愛い彼女を紹介して、孫の顔見せて、って。
なんとなく、当たり前に考えてた。
でももうそれも叶わない。
最後に会ったのは確か、正月に帰省した時。
玄関先で、体に気をつけて、って言われて。
なんか照れくさくて、ぶっきらぼうに、わかってるよ、じゃあ。って言ったのが最後。
今になって、伝えたかったこととか、たくさん溢れてきて。
後悔ばっかりだけど、もう遅いんだってわかって
子供みたいに声をあげて泣いた。
葬儀の後、火葬までの間に煙草を吸おうと外に出た。
夏の肌を燃やすような日差しを浴びながらふらふらと歩く俺の目に、
水面が光る池が映る。
その真ん中にぽつんと一輪咲く、睡蓮の花。
"お前が産まれた日、病室の窓から見えた池に睡蓮が一輪咲いてた。
太陽が当たってきらきらしてる水面に咲いてるその姿が綺麗で、逞しくて、
それで、この子の名前は絶対にスイレンにする、って俺が決めて母さんに相談したんだ。
母さんは嬉しそうに いいじゃない、って言ってくれて。
漢字は母さんが考えてくれた。
俺が母さんにプロポーズした時、母さんの誕生石の翡翠の指輪を、砂浜で渡したんだ。
だから、翡翠の翠と、さざなみを意味する漣で、翠漣。どうだ、いい名前だろ?"
最後の正月、初めて親父と酒を飲んだ時に酔った親父が嬉しそうに話してた。
俺の名前、長月 翠漣。
ああ、そういえば。
俺今日、誕生日、だったな。
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