インデペンデンス・デイ

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「ええっと確かな、最初はあいつの、取引先の担当者だったらしいよ。それが今じゃ引き抜かれて、あいつの秘書をやってるんだ。すっごい美人らしいぞ。まだ俺も、一度も会ったことはないんだけどな」 「……」 「なんだよ。興味、あるんだろ?」  彼は何も答えなかった。興味などと言う、おおざっぱな言葉でこの気持ちを表現されたくなかったのだ。 「とにかくお前は行った方がいいよ。な? その日は、渋谷で待ち合わせにしよう。時間は……」  彼はほとんど、それから大原の言うことを、聞いてはいなかった。  家の外で、犬が繰り返し鳴き声を上げている。彼はじっと、それに耳をすませていた。  誰がこんな時間に、犬の散歩をさせているのだろう。それとも、野良犬の遠吠えだろうか。 その声は、妙に切なく悲しげだった。  大原との電話を切ってからも、彼は依然、堂島の披露宴に行くことを迷っていた。そうやってうじうじ考え続けている自分に、なかば呆れもしながら。  思い切る為に、あとひとつ、何かが必要だ。そんな気がした。もしかしたら、頭から熱いシャワーでも浴びてじっとしていれば、思いつくかもしれない。 彼はすっかりぬるくなってしまった缶ビールを、また一口飲んだ。立ち上がってネクタイを緩めると、ようやく部屋の電気をつけた。途端に、軽いめまいがした。  その夜、彼はベッドに入る前に、長い時間をかけ、寝間着を埃だらけにしながら、部屋の中のクローゼットを探り続けた。  整理整頓が、彼はとにかく苦手だった。あちこち探りながらも、本当に見つかるかどうか不安だった。  学生だった十年近く前の当時、毎年田舎の家族からもらった年賀状の束などとともに、一つの古ぼけた茶封筒が、ラックの奥の方に押し込まれてあるのを、彼はようやく見つけることが出来た。
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