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「いえ。良かったです。せっかく楽しんで頂いて、失くしものして帰られるんじゃ、意味なくなっちゃいますからね。……あ、着けなくて大丈夫ですか?持ってるとまた落としたり」
もう、それ以上喋らないで。と心のなかで思う。
若くて、明るくて感じのいい人だな、と思ってた程度なのに、意識してしまいそうだから。
「……はい」
手が滑りそうになるのを、だらしない女に見られたくない一心で必死に右耳に着けて
「すみません。お手数かけました」
と行こうとすると、普段はそんなことはしないのに、一緒に来てドアを開けてくれた。
「……すいません」
「いいえ。……って、実はこうやって、ちょっとお花見気分を味わってるんです」
小声でささやいて彼が指した先には、通りを挟んで慎ましく咲いた桜の木があった。
ライトアップされてるわけでもなく、みんな普通に通り過ぎるけど――――
「……綺麗ですね」
「ええ。週末には天気崩れて散っちゃうって話ですけど。良かったらまた、咲いてるうちに」
微笑まれて、営業トークだと分かってるのに、頷いてしまう自分が居た。
『桜色に染まる』了
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