5人が本棚に入れています
本棚に追加
「えーと、んー、ちょっと字が小さくて見えにくいなぁ、あーここか。あー、はい。」
自治会長はマイクを握ったままメモを見直し、そのひとり言は部屋全体に届いていた。
「新郎の今井くんと私、隣の赤坂さん、あと席に座ってる半分くらいがゲートボール会の仲間で、週に1回土曜日に公園で健康作りしてるメンバーなんです。今井くんはうちのエースなんです。ね、赤坂さん。あ、いや、スミさん、今度からスミさんって呼ばないとなぁ。フハハ…」
(そうだな、スミさんだ、スミさん。奥様だもんなぁー)
外野が騒ぐ。
新郎のゲートボールの成績、ここが上手い、こんなところが凄いとか、練習での新郎の姿を思い出しながら司会者の話は続いた。
そして思い出したように新婦の紹介を始めた。
「あー新婦のスミさんだが、同じゲートボールの仲間で年齢は76だっけ? 確かそのくらいだったよなー? あ、女性だからそこはオブラートに包まねばならなかったかな、スマンスマン。そんなわけでスミさんは76年前に産まれて現在に至る、ゲートボールのマドンナです」
結局年齢言っちゃってる。
「今井くんとスミさんは社内恋愛みたいなもんで、いつの間にか愛を育んでいきました。今井くんはスミさんにだけ何故か優しくて、まわりはアヤシイアヤシイと噂だったんです」
パチパチ…と一部の席から拍手があがる。
「この歳だから結婚なんて、と最初は思ったそうですが、人生1度きり! お互い楽しく支えあっていこうと2人は決心しました。僕らはそんな2人を陰ながら応援しています。メンバーは20人いるのですが、毎週土曜に集まるし、老々介護を楽しく過ごそう! と我々やっていきます。どうぞ宜しくお願いします」
新郎新婦の紹介が終わりやっと乾杯になった。
「一同、かんぱーい!」
「徳さん、スミさん大事にせーよ」
「わかっとるわ。新婚なんでみんな邪魔せんといてなー」
ワハハハー! 会場が笑いで包まれた。
「それではみんな、楽しく食べて過ごしてなー!」
食事は年配者に配慮した柔らかな薄味の和食で、身体に良さそうな食材が参列者の箸を進ませる。ちょっと変わった和やかムードの披露宴で異例な感じはあるが、逆に形式ばった宴でないのが魅力的にも思えた。これも今井のおじいちゃんの人柄に依るものなのだろう。
ふいに同じテーブルの両脇にいるおばちゃんに話しかけられた。
「お兄ちゃんも徳さんの友達なのかい? 随分若い友達がいんだなー。徳さんが披露宴にまで呼んでくれるなんて、よっぽどあんたのこと信用してんだね」
「いや、僕はただ隣の家の者で、それだけの関係です」
「そうかい? だったら近所の人は他にも来てるのかい? 来てないだろ。そういうこと」
おばあちゃんの話は妙に説得力があって、さすが年の功だと察する。
最初のコメントを投稿しよう!