膨らむ蕾が告げる春

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 数日後、部長は辞めていった。  私は職をなくすことはなく、ほっと胸をなでおろした。 その後社長は再婚を勧めてくることはなくなった。その分、私に取引先に同行するよう命じることが多くなった。部長の後の仕事は正直大変だったが、がむしゃらに必死で取り組む内に、何とかかんとかこなせるようになってきて私は私に自信がついてきていた。自分に営業の才能があるとは思っていなかったので、自分でも驚いている。また、社長が私にやたら再婚を勧めてきたのは、どうも私可愛さだったようだということもだんだんわかってきた。むしろ、営業職が向いているのではと見抜き、もっと仕事をさせたいがために家庭を支えてくれるパートナーを見つけさせたかったようでもある。  意外に社長は私のことをしっかり評価してくれていたのだ。  若い男を捕まえた古い価値観のヤラシイ女社長という色眼鏡で見ていたのは、むしろ私の方だったということだ。    取引先に向かう道すがら、社長が言う。 「もう梅田さんに男の人勧めたりせんわ。家のことは大変やろうけど…。変な男のせいで辞められたらそっちの方が困るわ」 「そう言われたら言われたで、なんか寂しいですね。これはというイケメンがいたら是非紹介してください。社長に負けたくないんで社長の旦那さんより更に年下がいいですね」  社長が年下大変やでと笑う。  シングルマザーが働くのは甘くない。でも、まじめにやってればわかってくれる人はいる。結局、仕事さえできれば男も女も関係がないのだ。ここ数か月で感じたこと。  明日は新入社員が私の部下につく!さらに気合が入る。  横の喫茶店から漏れ聞こえるFMのDJが、来週辺りが花見日和だと告げる。ふと街路樹の桜を見れば、枝に蕾がふっくらと膨らんでいる。  お弁当作って子供たちを連れて行こうかな。  私は春の陽気に心を温められながら社長と地下鉄への階段を下りた。
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