膨らむ蕾が告げる春

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 悔しくて涙が出た。と同時にあ~……やってしまった…辞めさせられる…とも思った。  その日はどうにか仕事を終え帰宅したが、次の日から部長の嫌がらせが始まった。  事務所に誰もいない時に、私が社員の机の中をあさっているとか、経費精算でおかしなことをしているとか、あちこちの男に色目を使うとか、社長、社員、取引先にまで吹聴しまわった。部長は営業を一手に引き受け、会社はこの部長ひとりの力で持っているようなものだった。社長は夫である先代社長が亡くなり、どうにか次期社長を引き継いで数年、この部長を頼り切っていた。理不尽だとは思うが、私が辞めさせられるのは時間の問題だった。  子供の寝顔を見ながら、涙が零れる。  やっぱり、女手一つで子供を育てるのって大変だ。  槍や拳銃で敵と闘えと言われれば真正面から突撃する勇気も気概もあるけども、味方であるはずのちっこい歩兵どもが自分を横から後ろから突き刺してくる。あのクズ旦那の捨て台詞を思い出す。 「お前がシングルでやっていけるわけない。いつでも泣きついてこいよ」  その日は枕に顔を突っ伏して泣くしかなかった。  ある日の朝礼のあと、社長と部長と私の三人が事務所に残った。 「もういいでしょう。辞めてもらいます」  ……あぁ、今日なんだ。  私は覚悟を決めて社長を見た。  すると、社長は私ではなく、部長の顔をしっかりと見ていた。  部長は何かの間違いでは、と思ったのだろう。 「は……?」  しばらく間があいた後、部長は「ち、ちょっと待ってください」と言ったが、後が続かないでいる。  私もこの場の状況をただ茫然と見守るしかなかった。  部長はみるみる顔が蒼白になってくる。  部長は取引先で常日頃から傲慢にも、社長はなんの役にも立っておらず、僕がいないと会社はやっていけないと話していたらしい。だが、先代の社長の恩義を感じていた取引先の社長は、これを社長に報告していた。社長は蔑むような視線を部長にくれる。 「あちこちで、『僕、今に独立しますよ』といっていたらしいね」  いいよ。もう独立したら。おめでとう。  社長がパチパチと手を叩く。  部長はもう一度「ちょっと待って下さい」と言った後、黙りこんでしまった。
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