膨らむ蕾が告げる春

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膨らむ蕾が告げる春

 私、梅田綾香はこの春より喜ばしいことにシングルマザーとなれた。  モラハラ旦那とすったもんだ揉めた末、この春ようやくめでたくおさらばできたのだ。あいつの微かな気配を感じることさえ嫌で、二人の小学生の子供を連れ、心機一転関東から関西まで引っ越した。運よく、すぐに小さな文具制作の会社の事務員に落ち着くことができた。社員が十人と作業をするパートさんが二十人ほどの小規模な会社だったが、定時帰りがしやすく、子供を抱えた私にとっては居心地のよい環境だった。  ただ、ここの女性社長にはちょっと鬱陶しいところがあった。  まだ若いのだからとやたら私に再婚を進めてくる。取引先にいい人がいるんよ、銀行さんにいいとこのお坊ちゃまがいるんよと。女は結婚すべしという古臭い固定観念が抜けきれないところに正直辟易している。ちなみに自分は十も若い旦那を捕まえていらっしゃる。  その日、社長は取引先に出かけており、他の社員もそれぞれ作業に没頭していた。事務所には私と営業部長のふたりきりだった。その四十代の営業部長は顔がそれなりによく、自分もそれを120%(つまり誤って多めに)自負している。いつも甘い香水の香りを漂わせ、髪をいじくるのが癖になっている。はい、ぶっちゃけ、とてもうざったい。最近やたらと私に世間話を吹っかけてくる。あそこのディナーがどうだとか、僕は何とかという車を持っていてとか。適当に受け流すのも疲れるものだ。 「珈琲いれたよ」 と部長が両手に珈琲を持って事務所に入ってきた。 「え、あ…ありがとうございます」  いつもそんなことしないのに気持ち悪っと思いながら珈琲を受け取るために席を立った。受け取ると同時に、部長は空いた手で、私のお尻をするっとなでた。 は?と思った時には机の上にあったマウスを部長の額に思いっきり叩きつけていた。 珈琲は無残に床にぶちまけられた。 「何するんですか!!」  私は叫んで睨み付ける。 「って~~。ごめんごめん」 と部長は誤魔化すようにヘラヘラと笑う。  珈琲もぶっかけてやればよかった…!! 私は頭にきて走って事務所を飛び出しトイレにこもる。 どいつもこいつもシングルだとみればみんな男ヒデリだとでも思うのか? 今は子供のことで精いっぱいなのに……。
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