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「ねえねえ石崎さん、ちょっと聞いてよ」
そう言って、旦那様は夕食の仕込みをする私をお呼びになられました。
「ちょっとでいいからさ、そこ座って。お茶でも飲もう」
「はいはい」
旦那様は上機嫌に私の腕を引っ張ります。まるで小さな子供のようで、私は思わず笑ってしまいそうになりました。
私は手を洗い二人分のお茶を用意しすると、ダイニングテーブルの旦那様の向かいに座りました。
「昨日ね、いつも行く喫茶店に新しいバイトの子がいてね…」
「はい」
旦那様は、とても楽しそうに目をきらきらさせて、昨日の出来事を話されました。
「その子が私の左隣に、水を置いたんだよ」
「はあ…」
突拍子のないお話に私はどう返事をしていいか分からず、返事とも言えないような声を出してしまいました。しかし、旦那様はご機嫌で、私の返事なんか聞こえていなかったように話を続けられました。
「私はその子に尋ねたんだ。『私の隣に誰か見えるのかい?』とね。そしたらその子は『見えるって、お連れ様じゃ…』て確かに私の左隣を見て言ったんだよ」
「さ、…左様でございますか…」
旦那様は興奮気味にテーブルに身を乗りだしてきたので、私は逆に少し体を仰け反らせてしまいました。そんな私の様子も全く気にした風もなく旦那様は椅子に座り直すと、再び話を続けられました。
「やっぱりいるんだよ!妻は私の隣にいるんだよ!そうだよね?石崎さん」
「さあ……申し訳ありませんが、私には分かりかねます…」
ピンポーン
どのように返事をしようか困っている私を救うかのように、玄関の呼び鈴が鳴りました。
「どなたか来られたようですね。失礼いたします、旦那様」
私は玄関へと急ぎました。
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