左隣

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 とても気のせいと言えないことが起こったのは、退院してしばらく経ってからだった。  週に一回、通院のために乗る電車内でのこと。空いている時は気付かなかったが、少し混みだした時、私は奇妙なことに気が付いた。  私の左隣には、誰も座らない。  右側には座る人がいるが、左側は必ずと言っていいほど間を空けられる。そして、誰もそこに座ろうとはしないのだ。まるでそこに誰かが座っているかのように。  他にもあった。  今では馴染みになった病院近くの喫茶店でのこと。初めて入った時、店員に水を二つ置かれて驚いた。何故二つ置いたのか店員に尋ねると、店員は初め怪訝な顔をし、ぶつぶつと小さく言葉を発した後、謝って水を一つ下げて行った。その後、さっき何があったのか何度尋ねても、曖昧に誤魔化すばかりで何も教えてはくれなかった。  私は運ばれた食事をしながら、二つ置かれた水の謎、そして、ここに来る前の電車内でのことを考えた。そして、私はある結論に至ったのだ。  私の隣に誰かがいる。  そんなことある訳がない。そう思いながらも、そう考えれば左隣に人が座らない訳も、水を二つの置かれた理由も納得できた。そして、私はこう考えた。  私の左隣には、亡き妻がいる。  何故、赤の他人に見えて私に見えないのか分からない。もしかしたら、左隣に誰も座らなかったのはただの偶然で、水を置かれたのも店員の勘違いかもしれない。  だが、見えなくとも妻は側にいると思うことは、一人ぼっちになった私の心を、ほんの少し慰めてくれた。
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