ルアン 高1のときのある日

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「あ?」 あまりのことに二人が声のした方を向くと、40代くらいの男性が、二人の隣のカウンター席に座るところだった。 「…………」 二人は気分を害すると、食べるのもそこそこに、そのまま店を出ることにした。 とてもその空間に長居をすることはできなかった。 「残すんなら頼むな。さっさと国に帰れ」 帰り際に吐かれたその言葉は、咄嗟にルアンの心を、深く抉り刺した。 こういう言葉は、聞き慣れているはずなのに。 いつもなら反射的に激昂できるはずなのに。 このような差別語を浴びて、ルアンがまともに精神的ダメージを受けたのは、久々のことだった。 「あいつマジムカつく!何なんだよ!」 店を出たあと、岩田は開口一番、そう言った。 「オマエやっぱ髪の色元に戻した方が良くね?そしたらガイジンと間違われることもねぇって」 「……そうかもな」 ルアンは、岩田のその言葉に、追い討ちをかけられたようだった。 岩田は、中学のときのルアンを知っている。 ルアンはそのときでさえ、たくさんの差別的な言動に晒されて、いじめられてもいた。 問題なのは髪の色だけではないはずだ。 そんなのは分かりきってるはずなのに。 岩田は一体今まで自分の何を見てきたのだろう。 ルアンは、暗澹たる気持ちになった。 しかし岩田は、自分のそんな言葉の重さにも気付いていないようで、 「気分転換にこれからカラオケでも行かね?」 と軽く言った。 これが黒崎だったら……、という思いが再びルアンの頭によぎる。 「いや、今日このあと用事あるから……」 ルアンは、とてもこれからカラオケに行く気などにはなれなかった。 「えーマジかよー、なんで今日に予定被せんだよ~。せっかく久しぶりに会ったのに、つれねぇやつ~」 岩田はがっかりしたようにそう言ったが、次の瞬間には切り替えて、 「でもま、オマエって昔からそういうやつだもんな」 と軽く受け入れた。 岩田のこういうところは、好きだった。 「悪かったな」 「だから友達できんのか心配なんだっつーの」 「うるせえ」 友達なら、できた。 黒崎がいる。 「じゃあここで別れるか。また遊ぼうぜ」 「ああ」 「じゃーなー」 そして岩田は人混みに紛れて、消えて行った。 岩田は、何も変わっていなかった。 そのことだけが、今日分かったことだった。
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