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そこで、ちょっとした思いつきを口にしてみることにした。熊田さんが良かったらなんだけど、と前置きをしてからこう話を始めた。
「連絡先、交換してくれないかな?」
自分らしくない大胆な行動に、もちろん熊田さんが良かったらでいいんだけど、ともう一度保険を重ねてしまった。あまりの恥ずかしさに、穴に入りたい気分だった。
「あ、こちらこそ、お願いします」
彼女のその一言で、さっきまでの緊張が日差しに溶けていくようだった。地に足が付き、心臓が落ち着いていく。大きい息を吐き、それじゃあ、と携帯を取り出した。メッセージアプリを起動したのち、画面を何回かタップし、携帯を振って友達を登録できる機能を起動させる。熊田さんと一緒に携帯を振ると、「ゆうか」という名前のユーザーが検索に引っかかった。
「このゆうかさんって、熊田さんでいいんだよね?」
僕がそう確認すると、熊田さんは静かに頷いた。検索結果に出てきた「ゆうか」を友達に追加して、携帯の電源を落とした。そういえば下の名前、ゆうかっていうんだ……
「それじゃ、教室戻ろっか」
「うん」
そうして歩き出した彼女の後ろを追って、隣についた。小さい歩幅に合わせて見る校舎は、鮮明に映った 。この期に及んで、まだ卒業したくない、なんて思ってしまうのは何故だろうか。
少しばかり歩いたところで、彼女が口を開いた。
「ま、松本くんに最後だからこそ、言いたいことが今日はあってね」
どこか神妙な前置きに身を構えて、相槌を打ちながらも次の言葉を待った。
「また、会ってくれますか?」
そう言った彼女の顔は見えないが、震える声から表情を察することは容易だった。なんて答えるべきだろう、なんて考えより先に出たのはこんな言葉だった。
「もちろんです。また会おうね、熊田さん」
「……うん!」
そう言って笑顔をこちらに向けた愛らしい彼女と、次に会えるのはいつになるんだろうか。叶うならばこのまま、ずっと隣を歩いていたいと感じる。
僕の卒業アルバムにおいて、恋のページがあるとするならば、きっと最初のページに、今日、この日のことがが記されるんだろう。
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