春を迎える男女の話。

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教室の窓から差す穏やかな光は、卒業する僕らを祝福しているようだった。賑やかな空気が流れる教室の中では、それぞれがアルバムに落書きしたり、談笑したり好きなように過ごしている。僕もその中の一人で、油性ペンを片手にクラスメイトのアルバムに寄せ書きを書いていた。 「はい、書いたよー」 ささっとペンを走らせ、アルバムの持ち主に声をかけた。三年間、共に一緒の教室で過ごした彼だが、特に仲が良かったわけではない。それでも寄せ書きを頼まれるのは、卒業という特別な行事ありきだからだろう。 「夏希ー、俺のも頼むー」 「はいはーい」 そうして呼ばれた僕はまたペンを走らせる。三年間ありがとう、とかまた会おうね、とか在り来りなことしか書けないが、きっと内容ではなく書いた事実が大事なのだろう。最後に松本、と苗字を書いて締め括る。 「終わった?さんきゅー!」 彼もまた、特に接点があった訳では無い。それでもこうして話してみると、もっと話してみたかったな、と少し物寂しさを感じる。そんな彼にありがとう、と一言告げて、その場を後にする。次は誰に寄せ書きを書こうかと、周りを見渡すと、一人の女子と目が合った。せっかくだし、と思いその女子の元へ歩き出すと、彼女は驚いたように身を引いた。……もしかして怖がられてるのかな。 「えっと、熊田さんだよね?寄せ書きいいかな?」 僕がそう言うと彼女は小さく俯き、消え入りそうな声でこう言った。 「は、はい、お願いします」 良かった。怖がられている説はまだ拭えないが、寄せ書きくらいはさせてもらえるようだ。三年間ありがとう、とお決まりの言葉を書いたあとに、流石にこれだけでは寂しいな、と思いしばらく考えた。失礼だが、彼女とも仲が良かったわけではない。三年間を通して抱く印象は身丈が小さく、それからくる言動が可愛らしいなというものだ。特に書くことがなかった為、その印象をそのまま書いた。メッセージを書き終わり、松本、と自分の苗字を書いたところで、初めて、自分が恥ずかしい事を書いたことに気づいた。
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