春を迎える男女の話。

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「それじゃ、ありがとね」 早く立ち去ってしまいたいという気持ちから、そう残して立ち去ろうとしたその時、彼女が小さな口を開いた。 「ま、待って……!」 耳が痛くなるほどに騒がしい教室の中、なぜかその小さい声は僕の耳に真っ直ぐ届いた。踵を返し、振り向くと彼女は胸を手で抑えながらこう話し始めた。 「一緒に写真を、撮ってくれませんか?」 「あ、うん、いいよ!」 それじゃ撮ろうか、と頭頂部しか見えなくなってしまった彼女の隣に入ると、彼女はこう切り出した。 「えっと、その、外に出ませんか……?」 「外?うん、いいけど」 彼女はぺこりと頭を下げて、僕を先導するように教室の扉を開けた。まあ、教室だと周りの視線もあるかもしれないし、ちょっと気恥しいのかもしれない。 廊下を歩き、階段を下って出てきたのは体育館前の広場。人が居ない場所を探した結果、自然とここに足が向いていた。外は風もなく、暖かい陽気に包まれていた。 「は、入ってください……」 そう言って携帯を構える熊田さん。必死に腕を上げているが、それでも僕の顔は映っていない。そのことを口には出せずに、黙って腰を落とした。携帯の画面に映った僕の顔と、熊田さんの顔に犬の耳と鼻が付いた。ああ、こういう機能あるよね。そう思っているとシャッターが押されて、カシャッ、と音が鳴った。熊田さんと僕のツーショット写真が、熊田さんの携帯に一枚、保存された。それを横から確認してありがとう、と感謝を告げながら腰を上げた。するとその瞬間、もう一度シャッター音が鳴った。 「あ、ごめん!ブレちゃったかな?」 もう一枚撮るとは思わず、動いてしまった。熊田さんの携帯を覗き込むと、案の定僕だけが縦に揺れている写真が撮れていた。あぁごめん、と謝りながら熊田さんの顔に目をやる。 「……ふふっ」 「く、熊田さん?」 「ごっ、ごめんなさい面白くて……」 そう言って笑う彼女の笑顔は、初めて見るもので。くしゃっと崩れたその顔は、小動物のようで。こんなに可愛らしい笑顔を、三年も見逃していたと思うとなんだか心がざわついた。お淑やかに口元を手で軽く抑えて笑う彼女のことが、可愛らしくも、綺麗に見えた。 「松本くん?」 「あ、ごめん」 じっと見すぎたのか、彼女に心配されてしまった。それにしても、彼女と顔を合わせられるのも、今日で最後だと思うと物寂しさを感じる。
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