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散歩日和
こうして、穏やかな日々は過ぎていった。
せやから――ウチはすっかり忘れてたんや。今が戦争中やって事に。
ひいおばあちゃんに詐欺から身を守る手段をレクチャーしとる時やった。珍しく、はよひいおじいちゃんが帰ってきよった。
「お帰りなさーいっ!」と出迎えるウチを「ただいまぁ」とひいおじいちゃんは擽ってくる。キャーキャー言ってはしゃぐウチの目に、なんや赤いものが映った。ひいおじいちゃんのポケットから覗いとる。
「ひいおじいちゃん、なんなんそ」
「まさか……あんた!」
ウチの言葉を遮り、ひいおばあちゃんが震えた声を上げる。
ウチ同様ひいおじいちゃんを出迎えるべく戸口にやって来たひいおばあちゃんは、白い顔を益々白くした。口に手を当てて立ち尽くしとる。
ひいおじいちゃんは、そんなひいおばあちゃんを慈愛を込めた眼差しで見ると、ゆっくりと頷いた。
「ああ。召集令状や」
ウチは、その言葉にざあっと血の気が引いた。
そうや……この赤いの、赤紙って奴や……。
ほんで、ウチはアホやった。
ひいおじいちゃんは戦争に行って亡くなった事を、その時になってようやっと思い出したんや。現代でオカンに言い聞かされた時は、興味なかったから話し半分に聞いとった。
ウチの手足の指先が急速に熱を失う。天地がひっくり返ったみたいに眩暈がした。全然おめでたくない表情で「おめでとうさんです」と言うひいおばあちゃんと、「ああ」と応えるひいおじいちゃんの間に割り込む。そして、必死になって叫んだ。
「行ったらあかん! ひいおじいちゃんお願い! 行かんといて!」
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