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ロルフは暗い森を走っていた。すぐ後ろから、大きな獣の唸り声が聞こえる。今は昼間だとはいえ視界は明るくない。空を覆う木々の間から点々と差し込む木漏れ日が、せいぜい夕暮れの町程度の視界を保っていた。
荒くなった息と共に小さく呟く。
「食ってもおれはうまくないぞ、…たぶん」
ロルフは獣人だ。顔立ちや体躯こそ一見は人間のかたちをしているが、目立つ狼の耳は彼が人間ではないことを物語っている。
彼は獣人の集落の生き残りであるらしい。集落は五十年は前から人間による激しい迫害を受け続け、大多数の住民の命が失われた末に散り散りになったという。
ロルフが物心ついた頃には集落は既に無く、彼を育てたのは人間の老婆だったので、自分の出生についてはその程度のことしか知らない。異端のロルフを家に隠して十数年養い、孫のように可愛がった老婆ウランダが亡くなったのは今から二ヶ月ほど前のことだ。恐らくは大往生だったのだろう、安らかに息を引き取った彼女を看取ったロルフは、育った家を出て、自分の力で生きることを余儀なくされた。
しかし獣人への風当たりは、ロルフが予想した以上だった。町で仕事を探しては追い返され、心身ともに過酷な日雇い労働で身銭を稼いで生きること二ヶ月。何よりも、老婆の元で暮らしていた頃には無縁だった罵声や嘲笑、何より恐怖を以て遠ざけられることが心に堪えた。獣人を見ることも少ない都市市民の目には、耳を生やしたロルフは人狼に映るのだ。
ロルフはついに耐えかね、魔獣が住むと噂されるこの森に飛び込んだ。そのことについて後悔は少しもしていない。ただ、森に辿り着いてすぐに炎を吐く魔獣と鉢合わせてしまったのは不運としか言いようがなかった。
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