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花びらを数枚口に含んでから視線に気づいたジェムは、ほほえんで少し首を傾げる。しかしロルフの臆面もない発言に、まだほとんど原形を保っていた花びらをそのまま飲み込んだ。
「毎日綺麗な花を食べているから、ジェムは美しいのかと思って」
何の気なし、といった表情でそう言い放ったロルフに、ジェムは不覚にも動揺した。返事に困り、
「そ、そうかな…」
とあやふやな相槌を打つ。ロルフはジェムの心境を知ってか知らずか、大真面目な顔で続けた。
「森で寝顔を見ていた時から、綺麗なひとだとは思っていたんだ。町ではあなたほどの美しい人は見たことがなかったから、一理あると思ったんだが。劇場でもてはやされている女優などもあなたほどではなかったから、きっと花を食べていないんだな」
含みがない分たちが悪い。ジェムは思わず赤面した。ジェムとて今まで容姿を褒められたことがなかったわけではない。生家を出るまでは使用人や町民に天使のようと形容されていたし、父譲りの金の巻き髪と母譲りの目鼻立ちには自信を持っている。
しかし可愛い美しいと褒めそやされていたのはあくまで幼少期のころ、大人たちの子供を見守る贔屓目込みであったので、まさか十五歳になって同じくらいの年の子にこうも言われるとは思っていなかった。
そんな、この年になって、と羞恥を覚えていることを自覚し、ジェムは耳まで赤くなるのを感じた。何も言えずにいるジェムを見て、ニコラがぐっと声を殺して笑っている。
「…ニコラ、ポーカーフェイスはどうしたんだ」
低い声で呟くジェムがまた可笑しくて、ニコラは席を立った。肩を震わせながら、花弁を飲み込んだ主人のために赤ワインを注ぐ。利き手の横にトンと置くと、ジェムはじろりとニコラを睨んで口を付けた。ようやく息をついたジェムに
「こう楽しい食事は久々ですね」
とニコラが囁くと、ジェムも「全くだ」と眉を下げて苦笑した。
せっかくだからどうぞとロルフにも同じワインを出す。ありがとうと笑むロルフに軽い会釈を返したニコラは、自席に戻って若い二人を眺めた。気を取り直してロルフと会話を楽しんでいるジェムの表情は、いつも従僕の自分に見せているよりもよほど幼く見える。
ワインを傾けベビーリーフをつまみながら、賑やかな食卓も悪くないものだとニコラは思った。
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