ロルフとジェム

15/24
前へ
/61ページ
次へ
 ジェムはロルフの胸倉を掴んだ。額と額がぶつかりそうな距離で、ロルフは身じろぎせず、ジェムの瞳をまっすぐ見つめた。暗く透き通った紫色の角膜は濡れていて、目の形が苦しそうに歪んでいる。泣いているように見えて、ロルフはそこではじめて動揺した。 「……ジェム?」  ロルフの声が小さく回廊に響く。ジェムは一度瞬きをして、地に向かって息を吐きだすと手を離した。 「すまない。……明日、話をしよう。今日はもう遅いから、休んだほうがいい。この部屋を使ってくれ」  ジェムは廊下の先へ歩を進めると、扉のドアノブを回して開けた。 「ニコラに一通りベッドメイキングはさせてあるが、日ごろ使っていない部屋だから、何か不具合があれば言ってくれ。では、明日は昼前に声をかけさせるから、それまでゆっくりしてくれ。おやすみ」  まだ少し震える声で口早に伝え、返事も待たずに暗い廊下の奥に歩いて行ったジェムを、ロルフはしばらく見つめていた。それから扉が開け放された部屋を覗く。真っ白なカーテンとこまごまとした調度が品の良さを醸し出す、居心地のいいワンルームだ。  ロルフは自分の服を見下ろして、ところどころこびりついてしまった土汚れを少しはたいてから部屋に入った。休んでくれ、と言われたので、大人しくベッドに入る。脳裏には一瞬、毒蜘蛛を使った暗殺が浮かんだが、ジェムの瞳を思い出し、ないかもしれない、と少し思った。やわらかいシーツを頭まで被ると、お日様の匂いがした。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加