ロルフとジェム

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 未だ視界は真っ白な中、ロルフの体の上にどさりと何かが覆いかぶさった。腹を思いきり潰され、それを掴むと、う、と耳元で声がした。掴んだものから体温を感じ、これは先程の少年だ、と気づく。 「あ、おい」  大丈夫か、と聞く前に、ロルフの口は少年の手によって塞がれた。 「静かに。今あの獣が去っていくから。大声を出すとまた襲ってくる」  それだけ言うと彼は手をどけ、今度こそ全身でロルフの上に突っ伏した。ロルフはその言葉にこくこくと頷き、ぐっと声を潜めた。 「…ごめん。でも、大丈夫なのか」 「僕か。僕なら大事ない。…僕はこれから数時間の眠りにつく。君は去りたければ去っていい。これは僕にとっては日常のうちだから、君が責任を感じて心配することはない…」  だんだんと小さくなっていく声に耳を澄ますと、どうやら途切れた声は寝息に変わったらしい。本当に寝たのか、とロルフは目を瞬いた。  先程はどうやら助けられたらしい。理屈はさっぱり分からないが、魔獣は火を吹いて去り、このひとはどうやら無傷だが寝てしまったようだ。となればロルフにとっては、急いでどこかに行ってしまう理由はない。それに無防備に眠る命の恩人を置き捨てて去るほど、ロルフを育てた老婆の教育は粗末ではなかった。  ロルフは少年が放り出したのであろう上等そうな鞄を引き寄せて体の脇に確保すると、冷える夜に老婆にしていたように、少年の体に両腕を回して抱きしめた。それが薄暗く肌寒い森の中でできる、ロルフに思いつく限り最高の親愛を示す方法であった。
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