ロルフとジェム

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「ここが僕の家だ。どうぞ」  ジェムが通用口の鍵を開けて手で示す。ロルフは瞬きをして、改めてジェムの家だという屋敷を眺めた。  歩いている途中、かなり序盤からとがった屋根が見えてきていたのでもしやとは思っていたロルフだったが、自分の決して良いとは言えない身なりを見下ろして改めて場違いを感じた。  今晩ここに厄介になると思うと気後れするものがある。それほどにその建物は格式高く優美であった。文字通り森と一線を画す背の高い鉄柵には、明らかに森に自生する蔦類とは違う繊細な棘をもつ植物が絡みついている。その上に覗く灰色の建物は、危険な森の中にあるに相応しく古城の雰囲気を漂わせているが、窓は透きとおり、その中のカーテンは遠くから見ても意匠を凝らしたのがわかる真っ白な上物だ。  ロルフは自分がそう多くの家を知っているとは思っていなかったが、街で生きた二ヶ月の間にこれほど立派な屋敷には務めるどころか見たことすらない。目の前の立派な建物は、小さい頃に育ての親が話してくれた寝物語に出てくる『お城』そのままだった。 「ジェムの家は、お城なのか」 「まあ、そのようなものだ。僕には大きくて持て余しているけどね」  生まれてほとんどを小さな家で過ごしてきたロルフは、無論城を持て余したことなどない。世界の違う話だ、と城を眺めていると、ジェムが咳払いをした。 「ロルフ、そろそろ入ろうか」  ロルフは我に返り、ジェムの後に付いて柵の中に入った。外からでは絡み合う蔦のせいで見えなかったが、柵の中の草は刈られ平らに揃えられている。よく手入れをしているんだなとロルフは感心した。続く石畳も、建物と合わせた暗い石の色の中にところどころ色付きのタイルがカラフルに配置されている。 「お洒落なんだな。草は芝生みたいだし、石畳もすごくいい」  正直に感嘆の声を漏らしたロルフを、ジェムは悪く思わなかったらしい。初めて表情を緩め、 「分かるか。このタイルなんだが、僕が石工のところに出向いて選んできたものなんだ。特に気に入っているのがこのマラカイトグリーン。いいだろう」 とちょうど足元にあった緑色のタイルを、さらに豪華なブーツの先で小突いてみせた。
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