愛された男の話。

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俺の朝は、こいつの鳴き声から始まる。わんわんと鳴いて餌を求めるこの柴犬の名前は、ひま。可愛らしくも、時に面倒な俺のペットだ。ベッドから起きあがり、一番最初にすることはこいつの餌やり。棚からドックフードの袋を取り出し、分量通りの量を皿に出してやる。今にも皿に顔を押し付けそうなひまの前に右手でストップをかける。 「ひま、待て!」 そう言うとひまは座り、俺の手の平をじっと見つめた。三秒、いや四秒ほど待っただろうか。よし!と手を下ろすと、ひまはしっぽを振って食べ始めた。偉い偉い、とその下がった頭を撫でると、食べづらいのか、ひまは少し嫌がるように頭を振った。 ここで初めて俺の身支度が始まる。部屋着からちゃんとした服に着替えて、ベルトを締める。今日の朝食は、昨日買ってきたコンビニのおにぎり、二つだ。それらを口の中に入れると、ほんの数分で食事が終わってしまった。水道の蛇口を捻り、実家から持ってきたコップに水を注いで、一気に飲み干した。携帯のホーム画面を表示させると、時刻は午前十一時半頃だった。まずい、今日は彼女とのデートがあるというのに、遅れてしまう。駆け足で洗面所へ向かい、汚れた顔面に冷水を打ち付けて、歯ブラシに歯磨き粉をつけた。それを口に頬張ったまま、鞄の中へ財布と携帯を投げ入れた。 そうして頬張った歯ブラシで力任せに歯を擦り、口をゆすいだ。 バタバタしてしまったが、これで支度は終わりだ。革靴を履いて、家の扉を開けた。寂しそう目を伏せたひまに見送られながら、扉を閉めて鍵をかけた。 「ごめん、遅れた……」 「はぁ、何回目?」 そう問いつめられるも、俺は息を切らして頭を下げることしか出来なかった。言い訳をするつもりじゃないが、俺は早朝に起きるということが昔から大の苦手だ。今日は彼女の機嫌を取り戻すため、一段と気合を入れてエスコートをしよう。そう心に誓った。 「本当にごめん、お昼ご飯どうする?」 すると彼女は呆れた、ということを全身で表現しながらもこう答えた。 「どこでもいいよ」 「どこでもかあ、ファミレスとか?」 「ファミレスは無しかなあ」
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