愛された男の話。

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「えっとー、じゃあ焼肉とか?」 「焼肉こそ無いでしょ!」 彼女は笑いを堪えきれないといった様子でそう言った。 俺が頭を捻り、出した案を彼女がばっさりと却下する。そんなやり取りを十分ほど続けた結果、今日の昼食はハンバーグ屋に決定した。決定したとは言っても、彼女は最後までなあなあな態度を取っていた。妥協とでも言うが正しいのだろう。動悸を感じながらも行き先を提案するのは少々骨が折れたが、ここからが頑張りどころだ。 「えっとー、チーズインハンバーグを二つ」 「チーズインハンバーグがお二つ、以上でよろしいでしょうか」 「はい」 店員さんにそう告げて、スマホに目を落とした彼女に目を向ける。何を話そうか。そういえば女性は、小さな変化に気付かれると喜ぶと聞いた気がする。彼女の変化にも気付いてあげられるのが、良い男って奴なんだろう。彼女を頭から下へ目を流してみるも、髪は変わってない。ネイルは……わからない。香水も変わっていない。どこも先月と変わっていない気がする。だがここで適当に褒める訳にもいかない。それが間違いだった時、「適当なことをいう男」というレッテルが貼られてしまう気がしたからだ。だが沈黙にも耐えられず、俺の口から出てきた言葉はこんなものだった。 「最近どう?」 「はぁ?」 当然の反応だ。俺は過ちをなおすかのように、必死に言葉を紡いだ。 「いや、最近課題とか多いだろうなと思ってさ」 「あぁ、別に普通かな」 「そっか、普通が一番だよね」 またもや、沈黙が流れ始めた。彼女としては落ち着くのかもしれないが、俺は彼女の明るい性格に惹かれたのだった。大学では誰にでも明るく、いつも笑っていた彼女。だが目の前に座る彼女にその面影はない。新しい一面を見れた喜びと、掴もうとした手が空を切るような寂しさが同時にやってきて、複雑な気持ちだ。 その後、遅れて到着したチーズインハンバーグを待ち時間より短い時間で平らげた。彼女が追加したマンゴーパフェの到着をさらに待ち、いざ会計という時だ。 「チーズインハンバーグが二点と、マンゴーパフェが一点。合計二千二百円です」 「じゃあ、割り勘で」 「……はいよ」 財布から千円札と百円玉を出して、店を出た。
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