act.34

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「優月にぃ! 今日も綺麗だね! 素敵です! お邪魔します! 今日はお招きいただき大変光栄です! あと翔サンもこんにちは」  俺はおまけか、と嘆くカケルを尻目に、優月兄さんは騎一に向かって笑いかける。 「ありがとう、騎一くんも可愛いね。春色だ」 「そう、もうすぐ春でしょ。だから春色のドレスにしてみたの」 「とってもよく似合ってる。ヘッドドレスもシンプルなのに素敵だね」  騎一は両手を頬にあててとても嬉しそうに笑っていた。  差し入れ、と言って渡した包みは秋のお菓子屋のクッキーの詰め合わせだった。 「食事のあとに、みんなで食べよう」  騎一が言う。結局クッキーは割れていなかった。  こちらでは郁がユキの目の前に立って無言でユキを見上げていた。  なにが始まるんだろう、と少しそわそわしてみていたら、郁がユキに向かってなにかの袋を差し出した。 「やる」 「……俺に……?」 「……この前着てみたいって言ってたって、ノエルから聞いたから」  俺はこの時点で全てを察した。もう既に面白かったので黙ってことの成り行きを見守ることにした。ユキの反応が気になりすぎた。  ユキは包みを不思議そうに解いて中を広げた。  Tシャツだった。  白の無地に、落書きみたいなエビがプリントされていて、その脇に『えび』って書いてある。  だっせえ。  笑いをこらえるのに必死だった。  郁はこれまでにないほど得意げな顔をしていた。その向こうで騎一がこの世の終わりみたいな顔でその光景を見ている。それも面白くて困った。  ユキは一通りTシャツを見て、それで郁に言った。 「かっこいい……」  吹き出すのを止められなかった。床に膝をついてお腹を抱えて笑った。 「お前は話が分かる奴だ」  郁はしたり顔で言う。その言葉でついに騎一も吹き出していた。  いやもう無理だろうこれは。なんで兄さんとカケルは微笑ましい光景を見ているみたいな眼差しを向けているんだ。分からねえ。 「本当にもらっていいの?」 「ああ」 「俺、ずっとTシャツ着てみたかったんだ」 「分かるよ。Tシャツはいいぞ」  お前の場合はダサいTシャツだけどな。 「大切にする、ありがとう」  でも郁もユキも幸せそうだったから、まあ良かったんだと思う。是非そのTシャツを着て欲しい。見たい。  
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