act.34

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 二人はかたく握手をしていた。 「今度一緒にTシャツ見に行こうぜ」  珍しい。郁が誰かをどこかに誘うなんて。相当嬉しかったに違いない。顔に赤みが差してるし。初めて同志ができたって顔だ。なんか、すごく可愛い。郁って多分、ここにいる人間の中で一番可愛い。 「行こう、是非」  ユキも嬉しそうだった。  その向こうで騎一がなんか気に食わないって顔してる。騎一は最近めっきり可愛いを言われたがらなくなった。その代わり郁に可愛いって言葉のシャワーみたいに言ってる。多分郁が可愛いのはそのせいもあると思う。騎一の言う「可愛い」には、きっと普通の人の十倍も二十倍も可愛くなれる魔法がかかっていると思う。  隣の優月兄さんはくすくす笑っていた。  その後みんなでああでもないこうでもないと言いながら料理を作った。  騎一はアリスが纏っているようなエプロンをつけてすごく張り切っていたけれど少しも役に立たなかったのでふてくされたような顔をしてグラスを磨いていた。郁も途中から一緒に作り始めて、完成したビーフシチューを見て美味しそうって言った。その言葉を聞いてびっくりしたのは俺と騎一だけだったけど。  みんな今日の食事に一品ずつリクエストしている。ユキは肉じゃがで、郁はビーフシチュー。騎一はローストビーフで、カケルはハンバーグ。言わずもがな優月兄さんが作る流れだったんだけど、みんななんとなく手伝っていた。カケルは俺にハンバーグのタネを作るように昨晩お願いしてきたし。俺もいいよ、って言った。まあ兄さんに作り方を聞いたんだけど。騎一も役立たずだったけど焼く直前にローズマリーは俺が入れるって言い張った。  肉ばかりだ、って呆れていた兄さんもなんだかんだで嬉しそう。  俺は結局リクエストし損ねていたけど、まあいっかって感じ。これだけあれば十分でしょ。はっぱを千切ってトマトを切ってクルトンぶちまけてオリーブオイルとなんやかんやで作ったドレッシングをばーってかけたサラダも作ったし。それなりに貢献してるはず。  あんなに大きいダイニングテーブルが、どんどん食事に埋もれていった。  6人分だから量も尋常じゃない。  みんなわいわい言いながら取り皿がどうだとか箸がどうとかフォークがとか水がとか言い合って準備していく。ほぼ騎一とカケルが言い合ってるだけだけど。  優月兄さんは空っぽになったキッチンで満足そうに笑っていた。  今日は別になんでもない日だ。  でもみんなで集まってご飯を食べる日。  若干郁の誕生日が近かったり、俺が無事進級できたり、カケルが帰ってきたり、ユキの実食チャレンジだったりなんだりのお祝いも兼ねてるような気がしなくもないけど。  でもなんでもない日に特別なことをするのって最高にハッピーだよね。  俺は手伝いもしないでみんなの様子を兄さんの隣でなんとなく見ていた。  すごく綺麗な色だった。  ……嬉しい。  とんとん、と肩を叩かれる。
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