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ちゃんと寒いところに置いてあるよ、と彼は付け足す。
すべての元凶。
俺は苦笑した。
ブッシュドノエルがなかったら、俺は変な男にぼこぼこにされることも女の子に逆襲されることもなかった。
そう思うとブッシュドノエルが大嫌いになりそうだった。
でもこのケーキがなかったら、ユキにはもう二度と会えなかったかも。
そう思うとブッシュドノエルが大好きかもしれない。
そんな複雑な気持ちだった。
「絹と食べる約束してたんだよね」
ユキが頷く。
「二人で食べてもいいって言われたよ」
そうなんだ、とちょっと浮かない顔で言った。あんまり食べたくない。気持ちがやっぱり、すぐには元気になれなくて、ちょっと時間が欲しい。
世界がなんだか煤けて見えるんだ。それをユキの温もりがつなぎ止めてくれている。
ユキがいなくなったら俺また泣いちゃうかもしれない。
光の届かない井戸の底に沈んでいる気持ちに取憑かれそう。
この街が怖くないと言ったらもう嘘だから。一人でいるのは勘弁かな。
一人で世界中を気ままに旅してる母さんはすごいなって漠然と思った。
「もうあの時みたいに下手に切り分けたりしない」
真剣な顔で突拍子もないことを言う。ロールケーキ切った時、ヘタクソって俺が笑ったの、ちょっと気にしてたのかな。なんか面白くて笑った。
「じゃあ見せて」
思わず言っちゃった。
口を真一文字に結んだユキがこくりと一度頷いて俺から離れる。
後ろから伸びていた手を俺は反射的に握ってしまった。
離れたくない。
顔を上げてユキを見たら、少し目を見開いた彼が、目を細めて俺を抱き上げてくれる。首に腕を絡めた。
「……甘えたがり」
冗談っぽく耳打ちされた。
「お前もな」
首筋に顔を埋めて言ったら、頭上から笑い声が落ちてくる。
俺もおかしくて笑った。
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