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「なんのために? 郁食わないだろ。うちにだったら別に気を使わなくてもいいのに」
「優月さんにあげる」
「……優月にぃ?」
思いもよらない人物の名前に、俺は素直に驚いた。
「優月さん、蕗の作ったチョコレートのシュークリームが好きなんだって……ノエルが教えてくれた」
ノエル、と言った郁の横顔は少し切ない。でもそれは一瞬で、すぐにいつもの郁に戻る。
「花、見繕ってくれるんだろ」
「……え?」
「俺たち……謝らないと、優月さんにも。ちょっと時間、経っちゃった、けど」
店、ぐちゃぐちゃにしちゃったから、と彼は言った。
もしかして、俺の誘いに乗ったのってこのためかよ。俺と会うことが目的じゃなくて、優月にぃが目的かよ。お前に花を見繕うんじゃなくて、贈る花を見繕うのかよ。
そう思うと思い切りショックだった。
やっぱお前の中の俺のポジションなんてそんなもんかよ。
あはは、と渇いた笑いを零す。郁の背中に回した手がずり落ちそうになった。
郁が俊敏に俺の方を見てくる。
なに、と自嘲しながら首を傾げたら、腕、とぽつりと彼が言う。
腕がなんだっていうんだよ。
「……寒い」
蚊の鳴くような声だったけど、すぐ隣にいる俺には鮮明に聞こえてきた。
郁は目を逸らしてすたすた歩いていく。髪の隙間から覗く耳が真っ赤だ。
寒さのせいじゃない、だろ。
なあ。
めっちゃ愛しい。
俺の気持ち受け入れられてるのかな。
さっきよりも深く彼の背中を抱いて、頭をこつん、とぶつけてにか、と笑ってみせる。
「行こう。俺たち謝ろ! 花、ちゃんと見繕う。金は俺が出す」
郁はびっくりしたように顔を上げて俺を見た。
うん、と彼がはにかむ。
俺、こんなに優しい、郁が、大好きだな。
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