act.30

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act.30

 こんなに静かなクリスマスは何年ぶりだろう。  僕はカップを磨いていた手を止めて窓の外を見た。店は閉まっているので尚更自分だけが取り残された気分になる。  クリスマスに喫茶店に来ようと思う人などこの街ではまずいない。みんな家族と静かに過ごす。僕の家族。  電話越しのノエルは萎れかけた草花のような声をしていた。そのトーンだけで僕は全てを分かってしまったような気がした。力なく笑っていたけれど、それが逆に痛々しい。  ユキくんとは会えなかったんだろう。クリスマスには帰るね、と僕を気遣って言ってくれた。  僕は複雑な気持ちだった。ユキくんもノエルのことを嫌いではなかったとは思う。恋慕かどうかは分からないけれど、好きだったと思う。ノエルだってきっとそう。 「ここにいた」  二階へ続く階段から翔がカウンターにいる僕を見下ろして手を振った。  僕は困ったように笑う。 「今日はオフだよな」  なんでカップなんか磨いてるの、と翔がやんわり聞いてくる。  隣に来た彼は自然な手つきで僕の肩を抱いた。 「……なにかしていないと、滅入っちゃって」 「ノエルが帰ってくるのに」 「うん、そうだね」  ノエルがいない一週間、寂しくなかったと言ったら嘘になる。とてもとても寂しかった。今まで大切にしていたものが目を離した隙になくなってしまったようで。 「俺が一緒にいるのにそんな顔をさせてしまうなんて、ノエルってやっぱりすごいなあ」  彼が自嘲するように笑って言った。僕は彼の肩に体を預けてくすくす笑う。  翔がいてくれなかったら僕は今どうしていただろう?  想像すると途端に怖くなる。  この先ノエルがいなくなることなんて分かりきっていることなのに。そんな未来に僕はどう生きるんだろう。 「周波数が違う」 「周波数?」 「寂しい気持ちの、周波数が、違う」  翔はなんとなくわかる気がするよ、と笑った。  声の振動が心地いい。
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