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頭上には夕焼け空。 足元には川。 私は橋の柵に腰を下ろし、宙に浮いた気持ちで足をふらふらと動かしていた。 疲れきって不安定に揺れる体は、今にも風に背中を押されて川へ落ちてしまいそうだった。 私は岩場の隙間を縫うように流れる川を覗き込む。ここから落ちた場合、自分の体がどうなるかは容易に想像がついた。 四足は考えられない方向へ曲がり、腹は破裂し、彼岸花のように血を広げ……花を咲かせるように美しく死ねる。 私は目を瞑って、しばし最期の時を味わった。 遠くから聞こえる街の喧騒。風が木々を震わせる微かな音。 瞑想で得られる空虚な空間が私の心を包んだ。 今更ではあるが、なぜ死を選ぶのか自問自答を始めた。 「知りたいかい?……それはね」 思い出そうとするとじんわりと涙が滲む。私は感情を拒まず、静かに涙を頬に伝わせた。 「それはね……」 そう語り出そうとした私だが、だんだん近ずいてくる足音に気づき口を紡いだ。 「(みなと)!!」 大きな声に私は目を見開く。 兄だ……兄の(おさむ)だ。 肩で息をする兄の異様な格好に、私は怪訝そうな顔をする。 「兄さん……なんで血塗れなんだ?」 治の胴回りや両手は血に染まっていた。 たった今さっき、街の全員を殺してきましたとでも言いそうな風貌だ。 「……血……」 途切れ途切れの息で言いながら、兄は自分の手を他人のモノのように見て…… 笑った。 奇妙に笑って見せた。 そして、息を整えて顔を上げると、私が橋から飛び降りようとしているのを再び理解して、わっと泣き出した。 あまりにも急な切り替えに感情の情報は混雑し、治は器用に笑いながら泣いた。 「お願い……そこから降りて」 兄は血腥い両手を突き出して私へ近づく。 それに相反するように私は頭を前へ屈ませた。 「嫌だ……嫌だ…嫌だ嫌だ!!」 治は頭を抱えて叫ぶ。 「お兄ちゃんをひとりにしないで!!」
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