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「どうですか?」
私がそう聞くと、男は少し間を置いてからこう喋り始めた。
「すごく美味しいですね、すっきりしてて飲みやすいかも」
「そうでしたか、良かったです」
私は目を軽く閉じた。口ではそう言っていても、先程の間と表情から察するに、あまりお気に召さなかったのだろう。だがマスターの手前、僕には合いませんでした、なんて言えないが故の嘘なんだと思うと、そんな男の態度から誠実さを感じられて、どこか印象が柔らかくなった気がした。
気付けば腕時計の短針が十二の数字を指していた。もう夜も深くなる。今日はもう帰ろうと荷物を腕に掛け、椅子から立ち上がったその時だった。
「次は、いつ来ますか?」
こちらに顔を向けずに、男がそう尋ねてきた。
「次は……再来週の金曜ですかね」
私がそう言うと、男はグラスに残されたリキュールを一口飲んでから、こう言った。
「今度は、ゆっくりお話してください」
「はい、是非」
私がそう返すと、男は小さく頭を下げた。それに対し、私も頭を小さく下げて返した。そうして二千円弱の会計を済ませ、すっかり暗くなった店外へ足を踏み出すと、風が私の火照った体を撫でた。前髪が乱れていたが、気にも留めなかった。
酒のせいだろうか。どんどんと熱を奪われていく体に対して、心と顔は熱を帯びていた。再来週の金曜かあ。私は帰るべき家を目指して、歩き出した。
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