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兄さんと呼ぶには若干歳が上だったかも知れない。柳の下から、濡れることも気にせず歩み寄った男の髪は、ところどころが年を経た灰色にくすんでいた。男は、おもむろにしゃがみ込むと、俺の湿って張り付いた頬の髪をそっと手で触れた。
撫でる重みが心地よくてつい目を閉じてしまう。男の手がゆっくりと移り、やがて髪にわずかな重みを感じた。離れる指先を目で惜しく追いかけて、重くなった髪に触れた。
「かんざし? なに? くれるのかい?」
指先に触れた飾りを手に、ふっと目を細める。目の前の男は灰色の髪を綺麗に撫でつけてはいるものの、髪飾りなど必要とはしないだろう。手にしたかんざしを猫目に映し、品定めをすればそれが驚くほどに質の良いものだと気づいた。
売り物か、それとも意中の女から突き返されたのか。
「今さら返せってのはナシだぜ?」
言いつつ再びかんざしを髪に挿せば、苦笑いの手が差し伸ばされた。
それは暇かと問いかけた答え。この真面目そうな男が誘いに乗ったことに少しだけ驚いた。
「この雨では帰るに帰れませんので……」
「理由なんかどうでもいいさ」
当たり前のように伸ばされた手を取って立ち上がる。それは舞うように軽やかだった。すかさず腕を絡ませ、視線を全身へと這わせる。
質の良い身なり、高価な飾り物、人の良さそうな立ち居振る舞い。今日の相手には申し分ない。
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