はきだめに色盗り…前編

2/12

121人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
 兄さんと呼ぶには若干歳が上だったかも知れない。柳の下から、濡れることも気にせず歩み寄った男の髪は、ところどころが年を()た灰色にくすんでいた。男は、おもむろにしゃがみ込むと、俺の湿って張り付いた頬の髪をそっと手で触れた。  撫でる重みが心地よくてつい目を閉じてしまう。男の手がゆっくりと移り、やがて髪にわずかな重みを感じた。離れる指先を目で惜しく追いかけて、重くなった髪に触れた。 「かんざし? なに? くれるのかい?」  指先に触れた飾りを手に、ふっと目を細める。目の前の男は灰色の髪を綺麗に撫でつけてはいるものの、髪飾りなど必要とはしないだろう。手にしたかんざしを猫目に映し、品定めをすればそれが驚くほどに質の良いものだと気づいた。  売り物か、それとも意中の女から突き返されたのか。 「今さら返せってのはナシだぜ?」  言いつつ再びかんざしを髪に挿せば、苦笑いの手が差し伸ばされた。  それは暇かと問いかけた答え。この真面目そうな男が誘いに乗ったことに少しだけ驚いた。 「この雨では帰るに帰れませんので……」 「理由なんかどうでもいいさ」  当たり前のように伸ばされた手を取って立ち上がる。それは舞うように軽やかだった。すかさず腕を絡ませ、視線を全身へと這わせる。  質の良い身なり、高価な飾り物、人の良さそうな立ち居振る舞い。今日の相手には申し分ない。     
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

121人が本棚に入れています
本棚に追加