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はきだめに色盗り…前編
文明開化だなんだと言ったところで生活が潤うわけでもない。掃き溜めは掃き溜めだし、そこに金の卵が飛び込むことはない。俺は茶屋の軒下にしゃがみ込み、どんよりと重い雲を睨んだ。ここから道を一本挟めばいわゆる街の中心部で、次々に建てられたビルディングなどが華々しく目に映る。
ああいうとこにいるのは、さぞ裕福な奴らなんだろうな。人間なんか生まれたときから不公平だ。ぼやく気にもならず、頬杖をつく。湿った風がやや強く吹き抜け、俺は伸びっ放しの邪魔な髪を、女のように耳へとかけた。
空がぽつりぽつりと雫を落とす。こんな日は人肌が恋しくて仕方がない。
それはほんの偶然だった。
道行く人々の波の中、ふと見上げた視線の先が絡まった。俺は軒下に座り込み、そいつは柳の下で降り始めた雨を避けている。こげ茶色の落ち着いた背広は、男の年齢をあやふやなものにしていた。この路地に似合わない、質のよさそうな背広の肩はすでに雨で濡れている。
次の瞬間、柳の男は育ち良さげな笑みを浮かべ、俺はことさら艶やかな笑みを投げかけた。着流しの足元をやや行儀悪く開いて男を誘う。
「よぉ。兄さん暇かい?」
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