「寝る前に、夜襲、復讐は必ずしなさい」 壱の章

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 ――――――――――――  ブアイスディーの繁華街からさらに北へ行くと、巨大なブアイスディンテン山がそびえている。  煎路とブレイク、ジャガーの三人は暗闇仕様の目に切りかえ、雪の積もった夜の山道をぐんぐんと登って行く。  次第に道が険しくなっていくが、ブレイクとジャガーの魔馬たちは主人同様に百戦(ひゃくせん)錬磨(れんま)強靭(きょうじん)な肉体と精神を持ち合わせており、  過酷(かこく)岨道(そばみち)も雪の深さや冷たさも物ともせず難なく突き進んで行く。  もちろん煎路の魔馬はっせんも、決して二頭に(おく)れを取ってはいなかった。 「(わけ)えの、妙な身なりのわりには上等な魔馬つれてんじゃねえか」  ひたすら無言で先頭を行くジャガーとは違い、ブレイクは煎路とはっせんに興味をもち彼らの真横に並んでいた。 「へヘッ。コイツは数々のどえらい賞を総なめにしてきた魔界遺産なみの名魔馬なんだぜっっ」  気を良くした煎路は得意になり、ほんのちょっぴり話を()った。 「魔馬もなかなかのモンだが、お前もなかなかおもしれえ奴だよなぁ。威勢だけじゃなく度胸(どきょう)もある。なんつったって俺たちを待たせてたんだからなぁ~」 「そこかよ、オッサン。俺はてっきり、魔女退治について来たことかと思ったぜ」 「二人とも、声のトーンを下げろ」  ジャガーは用心深く神経を張りめぐらせ、ブレイクと煎路に注意を喚起(かんき)した。  山を登れば登るほどに、異様(いよう)な空気が立ち込めてくる。  どう表現すれば良いのか分からない、全身にからみついてくるようなうっとうしさだ。 「ジャガー。この山が魔女の棲家(すみか)になってると踏んだてめえの読みは、どうやらドンピシャだったようだな」  山の中腹(ちゅうふく)辺りまで来ると、魔烏(まがらす)がやたらと目につくようになった。  まるで、煎路たちを招かざる客ととらえ“何者か”に知らせるかのごとく、けたたましいガラガラ声を発しながらバサバサと羽音をハモらせ乱れ飛んでいる。 「……近いな……」  魔女なのかどうかは、今の時点(じてん)では断言できない。  だが、相当な力を持つ“何者か”がブアイスディンテン山にひそんでいる事は、ジャガーもブレイクも、そして煎路も確信していた。  ますますの険路(けんろ)に分け入ると、大きなほら穴が存在感をむき出しにして三人を待ち構えていた。  そのほら穴の中から、得体(えたい)の知れない強大なオーラが流れ出てきている――  それまで何にも()じずに突き進んでいた三頭の魔馬が、主人たちの意思とは関係なくほら穴の前で立ち止まり、そのまま一歩も動かなくなった。 「どうしたんだ、魔馬(コイツ)ら……!」 「あ〜あ、珍しくおびえちまってるなぁ」  明らかに狼狽(ろうばい)している魔馬たちの恐怖の感情が、じわじわと伝わってくる。  ジャガーとブレイクは、仕方なく魔馬から下りた。 「はっせん……」  はっせんも足を止めたまま、決して先へ進もうとはしない。 「予想以上の強敵だな……はっせん、待ってろよ」  煎路もまたはっせんから下り、ジャガーやブレイクに付いてほら穴の入口へと用心しつつ迫って行った。  そんな煎路を、まるで「行くな」と止めるように、はっせんはそのたくましい体をブルッとふるわせ「ヒヒィ〜ン!」と、かん高くいなないた。 「はっせ……」  いななくはっせんの方に煎路が向き直ろうとした時、それは、あまりにも早い段階で、あまりにも突然に起きた――  太陽の2倍、いや、10倍はあるのではないかと思うような強烈な光が、ほら穴(ない)から険路に向け放射(ほうしゃ)されたのだ。  (すさ)まじすぎる光の威力――  声を上げる間もなく煎路はとっさに腕で目をかばい、当然ながら目を開ける事もできず光を一身に受けるよりほか、手立てはなかった。  ブレンドとはいえ強い魔力を持つ煎路が、ただ目を守るだけで何もできない。  千軍万馬(せんぐんばんば)古強者(ふるつわもの)であるジャガーとブレイクさえもが()(すべ)なく、同じようにただただ目を(おお)うにとどまり、どうする事もできずにいた。  光力(こうりょく)光量(こうりょう)だけに限らず光に(そな)わるパワーまでもが凄まじく、煎路たちはその場で踏んばるのにも精一杯の状態だった。 (く……くそ……っ!!)  踏んばれば踏んばるほど、煎路の足から次第に感覚がなくなっていく。    光に吸いこまれ、支配されていく――――    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  ――なんだろう?  羊水(ようすい)に囲まれた胎児(たいじ)になった気分だ。  母体の子宮内のような窮屈(きゅうくつ)さはなく、身を丸めている訳ではないが、  胎児だった頃を覚えている訳でもないが、  なぜだか胎児になったように感じられる…… 『んじ……せんじ……』  誰だろう?  どの方角からか、誰かの呼ぶ声がする……  どこから聞こえてくるのだろう。  ここは、どこなのだろう……  あれほど凄まじかった光が(やわ)らぎ、煎路は薄目を開けた。 (俺は……宙に浮いてるのか……?)  光の羊水に囲まれ、煎路は両手をまっすぐ上に伸ばし、あお向けに寝ている。  だが、背中は地面に付いていない。  重力に身をまかせ、ユラユラと光の空間をさまよっているようだ。  上下、左右、ユラユラと、スローに…… (宙に浮いてるんじゃなくて、おぼれていってるのか……?)  身体に力が入らない。これ以上、何も考えられない。 『……せんじ……』  光の向こう側に、人影が見える。  姿も声も、男か女かすら分からない。 (……誰なんだ……? だ……れ……)  一面の光が、刹那(せつな)に色を変えた。  次から次へと様々(さまざま)な色に、グラープ(バウム)にはめ込まれた遺種(いだね)のごとく幻想的に……  煎路はその美しい光の先に、人影とは別の、何やら巨大な目玉らしき物と(つの)らしき物を見たような気がした。 (魔女……なのか……? いや……違……)  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  しんしんと雪が降り積もる、ブアイスディンテン山――  ほら穴の周辺は本来の暗闇を取り戻し、そこには、ブレイクとジャガー、そして三頭の魔馬が意識を失い横たわっていた。  しかし、煎路の姿だけは見当たらない。  “煎路”の姿だけは…………
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