「寝る前に、夜襲、復讐は必ずしなさい」 壱の章

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 意を決して旅立ったのは、豆実やコラルンジェラだけではない。  自身の消極的な性格を変えるため、初対面の煎路と共に旅に出た村娘のシモーネは、はっせんの快速により、クオチュアの里から北の方角にある街、ブアイスディーに着いていた。  観光客が行き交うブアイスディーの、小さめの宿屋の一室。  シモーネは一人、どこかへ出かけて行ったきりの、煎路の帰りを待っていた。 「今でも信じられないな。私がこんな大胆(だいたん)なことするなんて……  初めて会ったセンジさんと知らない街まで来て、おんなじ部屋に泊まろうとしてるなんて……」  ブアイスディーは人気の観光地で、どの宿屋も満室だった。  予約なしにもかかわらずひと部屋だけでもとれた煎路とシモーネは、とてもラッキーだった。  くもったガラス窓を指でふき、シモーネは夜でも明るくにぎわっている繁華街(はんかがい)を眺めていた。 「それにしてもセンジさん、もうひと仕事してくるなんて言ってたけどどこに行ったのかしら……これ以上お金を稼ぐ必要なんてないはずなのに……」  シモーネは、ベッドシーツの上にある札束の山に視線を移してため息をついた。  その札束の山は、宿屋に着くなり出かけて行った煎路が一度戻ってきた時に持ち帰ったもので、 「この金で豪勢なもん食って待っててくれっ。もうひと仕事終えたら必ず帰ってくっからよ!」  とだけ言い残し、慌ててまた出かけて行ったのだ。 「どうしてあんなに急いでたのかな……何か良くないことに巻きこまれてるんじゃ……  こんな大金を稼いだのも、これからする仕事も、いったいどんな仕事なの……?」    どんな仕事で煎路はこれだけの大金を稼いだのか……  その答えは単純(たんじゅん)明快(めいかい)。手っ取り早いギャンブルだった。  数時間前、煎路は宿代や食事代を稼ぐため、シモーネを部屋に残しカジノに足を運んでいた。  この日は最高にツキがあった。  ルーレットでぼろもうけした煎路は宿屋から持ち出したベッドシーツに札束の山を包んで背負い、ホクホク顔ではっせんにまたがっていた。 「予想以上の収穫(しゅうかく)だったぜ! はっせん、お前にもやっと激旨(げきうま)なモン食わせてやれるなっ。シモーネにもだっっ」  シモーネがおなかをすかせて待っている。早く帰らなければ。  煎路がはっせんを走らせようとした時だった。 「待ちな、(わけ)えの」  やたらがたいのいい中年風の男が馬上の煎路を見上げ、声をかけてきた。 「あ? 誰だ、アンタ」  煎路は不審(ふしん)そうに男を見下ろし、背負っているシーツを握る手に力を入れた。 「カン違いすんな。金を盗みとろうって腹じゃねえよ。ただ、お前の話がちっとばかり気になってな」 「俺の話だって?」  煎路は、男の顔を穴が()くほどに見つめた。そして、思い出した。  男は、カジノで煎路のゲームを隣りのテーブルから観戦していた二人組の一人だった。 「お前、他のプレイヤーに話してたよな。魔女は確かに実在すると……」 「ま、魔女……?」  言われてみれば、プレイヤー達との会話の流れで、いわくつきの人形を売る店の主人から受け取った最強の双子人形と、双子を人形にかえた魔女の話をした覚えがある。 「ああ……だけどそれが、なんだってんだ??」 「直接見たのか?」 「魔女を見たワケじゃねえよ。魔女の魔法から解けたガキ二人が、店主からもらった最強の双子人形だったことは間違いねえけどな」 「……デタラメじゃねえだろうな」  男は迫力たっぷりの岩のようなゴツゴツ顔を、煎路の顔に届きそうな具合で伸ばしてくる。  魔馬(まば)の上だ。実際届くはずもないが、煎路は思わずのけぞった。 「な、な、なんなんだよっっ。こんなしょうもねえウソなんかつくワケねーだろ!?」 「……」 「どおやらそのガキが言ってる事は本当みてえだな」  男の後ろから、同じようにがたいのいい、やはり中年風の男がニヤニヤと笑いながら現れた。  二人組の、もう一人の男だ。 「月並みだがな。デタラメこいてやがるのかそうでないのかは目を見りゃ分かる。特にコイツは分かりやすいぜ」  大きな二人の中年男に品定めするかのように下から凝視(ぎょうし)され、さすがの煎路も若干(じゃっかん)たじろいだ。 「だ、だから、なんだってんだよ! オッサン達どこの誰なんだっっ。魔女が居たらどうだってゆうんだよ!?」  最初に声をかけてきた男は煎路の質問にひとつも答えずに、煎路とはっせんから離れ自分のであろう魔馬の元へと歩いて行った。 「おいおいオッサン! きくだけきいといてこっちの問いかけは全力でスルーかよっっ?」 「ハハッ。ずいぶんと威勢(いせい)がいいな、(わけ)えの。俺が代わりに説明してやるから勘弁(かんべん)しろや。アイツは昔っから感じの悪い野郎なんだよ。すまねえな」  後から現れた男はにやけた顔つきのまま、話を続けた。 「俺たちは(うわさ)を耳にしたんだよ。この辺りに魔女が巣を作ってるってな」 「は、はあ〜っ!?」 「むろん俺らもそんな噂ぁ信じちゃいなかったがな。さっきお前さんの体験談を聞くまではよ」 「……まさか、アンタら、魔女退治にでも行くつもりなんか……?」 「さあなぁ~、どうするよ? ジャガー」  男は、離れて行く男に呼びかけた。 「……魔女が実在するなら“あっちの噂”も真実かもしれねえ……だとしたら、確かめるしかねーだろ、ブレイク」  煎路に声をかけてきた二人組の男は、オーレルの部下であるアッロマーヌ国の戦闘士(せんとうし)、ブレイクとジャガーだった。  彼らはガアス=パラス討伐(とうばつ)のため、(ひそ)かにチョセコポアに(おもむ)く途中だったのだ。 「いいのか? ダーリンに叱られちまうぜ?」 「時間は十二分(じゅうにぶん)にある。ドリンガデスの連中も、そう簡単にパラス()潜伏(せんぷく)先をつきとめられやしねえさ。万が一の場合には奪い返すまでよ」 「ケケッ。そんならさっさと行くっきゃねえな。いいかげん退屈で身体がなまっちまってたところだ」  ブレイクもまた、煎路とはっせんから離れ自らの魔馬へと足を進めた。 「こら! ふざけんなよ、オッサンら! ワケ分かんねえまんまであっさりサヨナラかよ!  言っとくけど魔女って奴を甘くみねえ方がいいぜっ。犠牲者は双子だけじゃねえんだ! マリちゃんも、きっと他にも人形にされ……」  煎路はそこまで言いかけて、急に黙りこんだ。 「……マリ……ちゃん……」  そう。その名を口に出したとたん、よみがえったのだ。  すっかり忘れていた運命の相手、ローズマリーの記憶が…… 「お、俺ともあろう者が……なんて薄情(はくじょう)だったんだ!!」   煎路は頭を(かか)え、自分を責めた。  里の娘たちとのお見合いパーティーにかまけ、シモーネに夢中になり、ビスクドールにされた(あわ)れなローズマリーを助ける使命を今の今まで忘れていたとは…… 「魔女の魔法を解くには、優しさが必要なんだよな……」  しかし、ローズマリーの居所(いどころ)が分からないのでは、優しく抱きしめようにも抱きしめられない。  それなら、この辺に()みついているというのであれば、魔女を先に退治した方が早いのではないか。  魔女さえやっつければローズマリーはどこかで魔法から解放され、ビスクドールとして旅人たちをおどかしながら寂しくさまよう日々から普通の毎日に戻れるのではないか。  それに加え、スワンとミルクォンヒ、成長を止められたあの双子の長年の無念をも晴らしてやれるのではないかと、煎路は考えを巡らせた。 「待てよ、オッサンら! 俺もついてくぜ!!」 「ああ!?」  煎路の唐突(とうとつ)な言葉に、ブレイクとジャガーは顔をしかめて振り返った。 「俺はどうしても魔女をこの手で倒さねえとならねんだ! だけどちっとだけ時間をくれ! ()れに事情を話したらソッコー引き返してくっからよ!」 「(わけ)えの、何を勝手な……お、おい!!」  ブレイクとジャガーの返答などお構いなしで、煎路ははっせんを走らせ、シモーネの待つ宿屋へと急いだ。  ――魔女は確かに実在する。  魔女を退治できれば、双子の兄妹の長きに渡る無念も晴らしてやれるだろう。  ただ、肝心(かんじん)のローズマリーは魔女とは何の関わりもない。  魔女を倒さずとも、彼女は今でも十分(じゅうぶん)普通の毎日を過ごしているのが(まぎ)れもない事実なのだ。  あの日、あの古びた喫茶店の(にせ)オーナーとローズマリーに(だま)され、追い払われただけだという事実を『知らぬは自分ばかりなり』である現実に、煎路は今なお気付いていない……
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