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「九条敬は――あの日俺がいることに気づいてた」
「え……?」
そこで征司は唐突に言った。
「気づいていたからこそ——俺に助けを求めずあいつを突き落としたんだ」
「そんなっ……」
否定しようとしても
僕には何ら材料がないことを征司は知ってる。
「ウソだ。九条さんがそんなことするはずないっ……!」
「あの日、あいつ自身がそう言ったろ?おまえの為なら人を殺める、何度だってそうするって」
征司は震える僕の瞳を捉えた。
こんな時だけ優しい兄の顔して。
「それがあの男の正義なんだ」
「放せっ……!」
僕はがむしゃらに征司の腕から逃れようともがいた。
征司の言うことか真実か嘘か。
九条敬の行動が正義か否か。
そんなの分からない。
ただ苦しかった。
「いやだっ……やめっ……!」
征司は抗う僕を力の限り己の方へと抱き寄せた。
そして強引に唇を重ねる。
「ン……」
波立つ湖面が日暮れ前の陽光を乗せて徐々に静かになる。
僕は唇を開きゆっくりと目を閉じた。
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