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その日60歳の誕生日を迎えた妙子は、同時に憂鬱な朝を迎えた。
カーテンの隙間から柔らかな陽が差している。妙子の憂鬱など無視するような穏やかな春の日だ。有給の休みも消化して晴れて定年退職となり、妙子は今日から無職の身になった。
しかし60歳という響き、還暦という言葉は、何と鉛のように重い言葉だろうか。40歳になった時と50歳になった時、それぞれの誕生日でほろ苦い、若さへの決別を味わった。しかし、あのほろ苦さは序章でしかなかったのだ。昨夜から妙子の口の中にはじわじわと、吐き出したくなるような苦さが広がっていた。
こんな爽やかな朝にまったく──「取りあえず、うがいだな……」と妙子は自分の背中を押して洗面所へと誘った。
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