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第1章 開戦
「……斥候が言ってきた通りだ。二万は確実にいる」
伊川宗次郎は目前にはためく軍旗を睨みつけながら、苦々しげに言った。
「対してこちらは三千、か」
彼の幼馴染にして主である弓張冴は、ぽつりと呟くように答えた。
彼女の父はこの弓張谷の領主であったが、つい数ヶ月前に急死した。その悲しみも癒えやらぬというのに、今度は大軍を相手取って戦わねばならない。
――十七の乙女には荷が重すぎる。
普通、誰もがそう考えるはずだった。いや、たとえ大の大人であろうと、これほど不利な戦に尻込みしない者は少ないに違いない。
しかし。
「……父上が亡うなられたゆえ、今が好機と思うたのだろうがな。それがとんでもない思い違いだということをたっぷり、じっくり教えてやる。だから今宵はゆっくり休め、獅子島能成。明日からは夜もおちおち眠れぬだろうからな」
敵陣を睨み、声に静かな闘志をこめて、敵の総大将に語りかける。その姿には一片の恐れもない。
宗次郎もうなずく。
「奴らをきりきり舞いさせてやるか、姫様。
――みな張り切っているぞ。弓張谷の忍び、これしきで屈するものか、と」
「それはそれは……楽しみだな」
冴は十七の乙女とも、戦の前とも思えぬ悠然たる笑みを浮かべた。
夕陽があたりを真っ赤に染め上げている。
まるでそれは血の色のようで、これから始まる戦の激しさを予言しているようにも見えた。
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