第1章 開戦

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――いっぽうその頃。 (話には聞いていたが、確かに一筋縄ではいかなさそうだな) 自陣から弓張城(ゆみはりじょう)を見上げ、能成は細い(あご)をなでた。これは彼が考えごとをするときの癖だ。目を細め、2度、3度と顎をなでる。 弓張城は高い山の中腹に立ち、険しい山に三方を囲まれている。城自体も三重の城壁と堀を築き、堀の中には杭が打ち込んである。見晴らしのためにあたりの木は伐採し、そのかわりに逆茂木(さかもぎ)がところ狭しと置かれている。枝が着いた木をそのまま置いただけのものであるが、馬や人の動きを止めるにはこれ以上ないほど役に立つ。 なかなか、攻めるのが難しい城だ。 弓張谷は小さく貧しい土地でありながら、いまだ誰の支配下にもおかれていない。その理由のひとつであった。 しかし、すぐに能成は表情を一転させ、にやっと笑った。 「……これぐらいがむしろ面白いかもしれんな。せっかく修練を積んできたというのに、あまりに落としやすい城では、奴らも物足りぬだろうよ」 「ええ。腕の振るいがいがありそうですね」 能成は少し驚いて振り返った。 「……いまのは独り言のつもりだったのだがな」 「申し訳ございません。お気に障られましたか」 「いや、流石の私もそこまで狭量ではない」 能成は苦笑する。彼の背後に控えていたのは、白い狩衣をまとった青年であった。 鼻筋の通った、美形と形容するにふさわしい顔立ちである。だが、狩衣というのは本来貴族が(まと)う装束。戦場(いくさば)にはふさわしからぬ格好だ。それに、青年自身にも妙なところがあった。よく通る声をしているが、男にしては高い。もしかしたら、男のような格好をした女かもしれない。 「ところで、(いつき)よ。そのように答えるということは、準備は全て整っているとみてよいのだな」 「はい。不備はございません」 「左様か」 能成は軍扇を打ち鳴らした。彼が下知(げじ)を下す合図である。 「そろそろ篝火を灯せ! 弓張谷の者は全て、生まれた時からの忍びぞ。忍びは夜襲・奇襲を得意とする。昼間にも劣らぬほどに明るくせよ。眠る時とて用心を怠るな!」 「はっ!」 彼のそばに控えていた家臣達がいっせいに動き出した。にわかに陣中が騒がしくなる。そんななか、ただひとり、斎と呼ばれた青年は弓張城を見上げていた。 「ついに、ついに来た、この時が。とうとう……。見ていて、父様。父様の無念は、絶対に晴らしてみせる。絶対に……」 どこか熱に浮かされたようなその言葉を聞いている者は、誰もいなかった。
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