第1章 開戦

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日が沈み切り、夕餉の時刻も過ぎたころ、弓張城では軍議が開かれていた。城の広間には大勢の男たちが集まっている。ちなみに女は総大将である冴と、その妹・小夜(さよ)の二人のみだ。 「やはり、因縁深き獅子島ゆえでしょうな。あれでは我らもちと仕掛けにくい。冴姫様の言うた通り、今宵のうちの夜襲は無理だの」 男達のなかでも最年長である樋山久右衛門(ひやまきゅうえもん)がその白髪頭を掻いた。篝火(かがりび)煌々(こうこう)と灯された敵陣を見ての言葉である。 「そうだろう。あちらが仕掛けてくるのを待つ。これが一番だろうよ」 そう言って冴は手元にある数枚の紙に目を落とした。それは日暮れまでに斥候が調べた事などを書き記した文書であった。 「しかし、こんな狭い谷に二万も兵を連れてくるとは。こんな地形では大軍は自在には動かせん。逆に不利になる。が、能成はそんなことは教えられるずともわかっているような男だ。――彼奴(あやつ)、やはり根競べをするつもりだろうか」 「まあ二万も居れば、ちょっとぐらい討ち死にしても替わりはすぐに用意できるからなぁ」 冴の妹・小夜も姉の手元にある紙をのぞきこんだ。 「谷の入口をがっちり塞ぐように陣取っている。私達に援軍のあてなぞないし、じっくり時をかけて攻めてかかるつもりでいるんだな」 「ああ、真綿で首を絞めるようにな」 弓張谷の者は全て、生まれた時からの忍びである――という能成の言葉はあながち誇張でもない。弓張谷は三方を切り立った山々に囲まれ、土地自体も痩せている。ゆえにこの地に産まれた者達は、物心つくか否かの時分から、忍びの(わざ)を叩き込まれるのが習いとなっていた。そして戦場(いくさば)に出向き、功を立てる。血腥(ちなまぐさ)生業(なりわい)だ。しかしそうでもしなければ家族も養えないのであった。 そしてそういう歴史のある土地ゆえに、己の生きる糧は己の業によって得る、という気風が根付いていた。ゆえに今までどこかの国と(めい)を結ぶことさえなかった。どこの味方にもなりはしない。強いて言えば報酬を払ってくれるところの味方。これまではそういう振る舞いこそが弓張谷を守ってきたわけであるが、今度の戦ではそうもいかないようだ。 「それと……、この文書にある白装束の集団とは、なんなのだろうな。呪師(じゅし)のように見えた? だが戦場に百人も呪師を?」 冴は一枚の紙を手に取って首を傾げた。 呪師とは、その名の通り、(まじな)いを行う者のことである。天気を自軍に有利なように変える呪い、兵の傷を癒す呪い……。戦場でも呪師の仕事はたくさんある。しかし100人というのはいささか多すぎる。 宗次郎が口を挟んできた。公の場であるゆえか、夕刻の時よりやや言葉が丁寧である。 「しかも、珍妙な話ですが……、白装束の上から胴丸(どうまる)を着ていた、とも斥候は言っておりました」 「胴丸を?」 「変な話だな、姉様(あねさま)」 冴と小夜も顔を見合わせた。 胴丸とは鎧の一種である。呪師とは縁のないもののはずだ。 「とにかく、この者どもはよく調べねばならんようだな。だが、今は手掛かりが少なすぎる。いったんは置いておくしかあるまい」 冴は苦々しげに言った。こういう得体の知れないものを放っておくのは気にかかってしょうがないが、わからないものを考えても時間の無駄というものだ。この場で話さなくてはならないことは、まだある。 軍議は、夜半まで及んだ。
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