第1章 開戦

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朝靄(あさもや)はいまだ辺りを覆っている。 しかしその向こうで確実に膨れ上がりゆく戦の気配を感じて、宗次郎は武者(・・)震いした。……もっとも、彼は忍びなのであるが。 自分の持ち場へ急ぎながら、宗次郎は昨日のことを思い返していた。 ――初めのうちは、どんなに挑発されようとも決して打って出てはならない。籠城せよ。 これが昨夜の軍議で彼の主・冴が下知したことである。 籠城する、と聞くとただひたすら耐えるばかりでなんとも不利なように思えるが、実のところ城という硬い殻があるほうが有利なのである。それをむざむざ捨てるような愚は犯すな、というのが冴の命令であった。 (姫様、昔から頭は切れるやつだったからな) 冴は領主の娘、宗次郎は臣下の次男坊という身分だったが、弓張谷という土地はあまり身分の上下に厳しくない。そんなことより、戦場での功が重視されるほどだった。だから二人は幼い頃はよく一緒に遊び、ときには取っ組み合いの大喧嘩さえした。だが長じるにつれ、言葉を交わすことも少なくなってきていた。実は昨日の夕べ、敵陣を見下ろしに言った時、久方ぶりに話したのだ。何故か護衛を直々に命じられてのことであった。 (なんだか立派になってやがったな。一丁前に総大将らしくしやがってよ) 己も負けてはいられない。 「俺だって首の百や二百、取ってきてやるさ。この戦で一番の功を立てる!」 そう呟いて、いよいよ己は武者のようだな、と思う宗次郎であった。
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