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弓張城の一番外側の城壁は、三の郭と呼ばれている。
山の麓にあるその三の郭の上に、一人の男が立っていた。宗次郎の兄で、名を宗一郎という。伊川家の当主でもある。
弓張家に仕えると同時に多くの手勢を率いる身分である彼もまた、朝靄の向こうに漂う戦の気配を感じとっていた。
(この靄が晴れた時が、戦の始まる時だ)
気合いを迸らせる弟と違い、宗一郎は静かな、研ぎ澄まされた刀剣のような雰囲気を発していた。毛髪の一筋さえ動かさず、じっと敵陣の方を見つめている。
「そろそろだろうか、兄者」
城壁の上に登ってきた宗次郎がたずねた。
「ああ、すぐに靄は晴れるだろう。持ち場についておけ、宗次郎」
「おう」
ひゅん、と風切り音がした。宗次郎が得物の短槍を軽く振るった音だった。戦が始まる時の、これは宗次郎の癖である。
(さぁ、いよいよだ)
宗一郎も刀の鯉口を切る。
陽の光が靄を追い払いはじめた。さきほどまでは見えていなかったはずの敵陣が、ゆっくりとその輪郭を現してゆく。
『戦の気配』は、これ以上ないほどに高まった。
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