第1章 開戦

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弓張城の一番外側の城壁は、(さん)(くるわ)と呼ばれている。 山の(ふもと)にあるその三の郭の上に、一人の男が立っていた。宗次郎の兄で、名を宗一郎(そういちろう)という。伊川家の当主でもある。 弓張家に仕えると同時に多くの手勢を率いる身分である彼もまた、朝靄の向こうに漂う戦の気配を感じとっていた。 (この(もや)が晴れた時が、戦の始まる時だ) 気合いを(ほとばし)らせる弟と違い、宗一郎は静かな、研ぎ澄まされた刀剣のような雰囲気を発していた。毛髪の一筋さえ動かさず、じっと敵陣の方を見つめている。 「そろそろだろうか、兄者」 城壁の上に登ってきた宗次郎がたずねた。 「ああ、すぐに靄は晴れるだろう。持ち場についておけ、宗次郎」 「おう」 ひゅん、と風切り音がした。宗次郎が得物の短槍を軽く振るった音だった。戦が始まる時の、これは宗次郎の癖である。 (さぁ、いよいよだ) 宗一郎も刀の鯉口を切る。 陽の光が靄を追い払いはじめた。さきほどまでは見えていなかったはずの敵陣が、ゆっくりとその輪郭を現してゆく。 『戦の気配』は、これ以上ないほどに高まった。
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