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ありがとう
あれからどれくらいの時が流れたのでしょう。
それは初夏の日差しがまぶしい、青空が空一面に広がった真夏を思わせるような暑い日でした。
公園を走り回る元気な子供達の声が、ある病院の一室に聞こえて来ていました。
「山本さん、具合はどうかな」
医師が一人の老人のもとにやって来ると、その老人は笑顔でいっぱいだった。
「やっぱり、思った通りでしたね。真夜中の試合でも山本さんがおとなしく寝ているとは思ってませんでしたから。まあ、私も今日は寝不足ですけどね」医師も苦笑いをしていた。
「でも凄かったですね。一対一の後半ロスタイムの高橋の決勝ゴール。ワールドカップで日本がブラジルに勝つなんてね、日本も強くなりましたよ。あんな場面で決めるんだから、やっぱり高橋亮太は凄い選手ですよ。そうだ、今テレビでやってますよ」
医師が少し興奮気味で病室のテレビをつけると報道番組で歓喜に沸く日本代表の選手達の特集をしていた。
「放送席、放送席、決勝ゴールを決めた高橋選手です。凄い試合でしたね、あの場面で決勝ゴールを決めた今の気持ちはいかがですか」
「そうですね、でも勝ったとはいえ試合の内容からすればあと二点取られていても仕方ない内容でしたからね。それを健太が一点に抑えてくれたから…。健太のためにもどうしてもこの試合は引き分けじゃなく、勝ちたかったので」
「それでは日本の守護神、ゴールキーパーの山崎健太選手です」
目を閉じながらずっとテレビの音を聞いている老人に医師は静かに語りかた。
「山崎健太、この子も凄い選手になったよ。彼は二年前怪我をした時この病院に入院していてね、一時は代表も諦めないとなんて時があったけど、よく頑張ったよ。山本さん、この山崎健太は面白い子でね、雑誌に出ていた彼のプロフィールを見たけど、好きな食べ物は小学生の時に給食で食べたカレーと、実家の近所のお店で売っているいちご味のアイスクリームなんですって。あとウサギが大好きなんですってね。入院している時も、『お守りなんだ』って言いながら小学生の時に高橋亮太と、先生なのかな?男の人と三人でウサギを抱っこした写真を大事そうにベットの横に置いていましたよ」
老人は黙って聞いていました。
「それと特技のところに何て書いてあったと思います、特技は‘魔法’だって。いったいどんな魔法が使えるんでしょうね」
老人は微笑んでいた。
「先生、きっと彼は人を幸せにすることができる魔法を使えるんですよ。だって彼のおかげで私達が今こうして喜んでいるじゃないですか」
「それもそうですね、素晴らしい魔法ですね。でも山本さんもサッカーが好きなんだね、ワールドカップが終わったら山崎君が検診で来るはずだから、山本さんに面会してもらえるかお願いしてみますよ」
「それは嬉しいね、それじゃ私もファンレターでも書いておきますよ」
「そうですね、書けたら預かっておきますから。それじゃ後で看護師の子が点滴を取り替えにきますからね」
医師が病室を後にすると老人は介護の人を呼び、引き出しからメモ帳を取り出すと手を添えてもらいながら老人の言う言葉をメモ帳に書いていた。
病室には元気に遊ぶ子供達の声が聞こえてきていました。
「懐かしいな…」
「山本さん、点滴取り替えますよ。お部屋暑いからカーテン閉めておきますね。山本さん…、山本さん、先生来てください、先生…」
青空が空一面に広がり、これから訪れる夏の季節に誰もが心躍らせる…
それは、そんな普段と何も変わらない一日の出来事でした。
病室のテレビは子供のようにハシャグ二人の青年の元気な笑顔をいつまでも映し出していました。
そう、あの頃と何も変わらない二人の元気な笑顔を。
山崎健太 様
ありがとう…
給食のおじさん
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