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望んでいたものは
寒い冬が訪れ、道行く人は皆肩をすくめて歩いている、どことなく寂しさを感じる季節でも、それは新しい年の始まりでもあった。
三学期が始まるころにはすっかり健太は元気を取り戻し、前のような明るい健太に戻っていた。
健太は本当に優しい子だった。給食のおじさんが居なくても前のように毎朝給食室にあいさつに来るようになり、「おはようございます」と健太の元気な声が毎朝給食室に響いて、給食室の人達も健太が来るのを楽しみにしていると、そんな健太つられたのか、亮太もいつの間にか毎朝給食室にあいさつに来るようになり、いつからか朝日小学校の子供達は皆給食室の人達に、毎朝あいさつをするようになっていた。
そして三月、もうすぐ健太達は五年生になり、六年生の子供達は小学校を卒業します。
サンライズFCでは毎年この季節になると六年生を送る”お別れ試合“があって、六年生を中心としたチームと下級生達の選抜チームで試合をするのが恒例になっていた。
その一週間前、加藤先生はメンバーを発表した。
「それじゃあ来週の六年生お別れ試合のメンバーを発表するぞ」
お別れ試合といっても、特に下級生の子供達にすればこの選抜メンバーに選ばれるということは、春以降の大会のレギュラーが決まってくるので皆が緊張した面持ちで加藤先生の話を聞いていた。
六年生チームは晴哉を中心に祐樹、五年生のレギュラーゴールキーパーの隆司が入ることになり、下級生チームはもちろん亮太を中心としたチームになるが、皆の注目はゴールキーパーを誰がやるのかだった。通常なら五年生の和也だが、四年生ながら頑張っている健太かもしれないと思っている子が沢山いて、それだけこの短期間で健太はゴールキーパーとして成長していた。
そして、加藤先生がゴールキーパーを発表した。
「下級生チームのゴールキーパーは和也」
加藤先生の発表に和也は小さくガッツポーズをしていた。和也と同級生の五年生の子供達も皆喜んでいたが、亮太だけは少し不満そうな顔をしていた。
健太も一瞬ガッカリとした顔をしていたが、すぐに横に座っていた隆司や和也達と何か話している姿に、加藤先生は、サンライズFCの同じゴールキーパーとして健太もチームに溶け込んでいるんだなと確信していた。そして加藤先生がなにより嬉しかったのは練習が終わった後、隆司と和也は健太を呼んで三人で練習を始め、亮太と祐樹がそれに付き合い、交代で次々にシュートを蹴り続けていた。三人のゴールキーパーも交代でそのシュートを止めていたが、加藤先生にはその練習が健太の為の練習のように見え、隆司や和也も自分達が選ばれた喜びはもちろんあったが、健太にもっと上手くなってほしいという気持ちの表れがハッキリと見えていた。
加藤先生は健太達の練習をしばらく見ていたが、校庭の隅で自転車にまたがり帰ろうとしている晴哉が、じっとその練習を見ているのにも気が付いていた。さっき下級生チームのゴールキーパーを発表した時、亮太と同じように晴哉が不満そうな顔をしていたのを加藤先生は見逃してなかったが、でも晴哉の不満な顔がどういう意味なのかその時には分かっていなかった。
そして一週間後、六年生のお別れ試合の日、この日はいつも応援してくれているお父さん、お母さん達の協力で学校の近くにある市民競技場で試合をすることになり、本格的な芝生のピッチに子供達はそれだけで大喜びで、グランドには沢山のお父さんお母さん達も見に来ていた。
祐樹のお父さんはサンライズFC後援会の会長をしていて、今回この競技場で試合をやらせてあげたいというのも祐樹のお父さんの発案だった。加藤先生は皆にこのグランドでサッカーをさせてあげたいと思い、ウォーミングアップもかねて全体練習やミニゲームをさせていた。
「佐々木さん本当にありがとうございます、おかげさまで子供達も大喜びですよ。このグランド取るのは大変だったでしょう」
「そんなことないですよ。まあ抽選ですからね、皆さんに協力してもらって葉書を三十枚出しましたけどね。でもちょうど今日取れて良かったですよ。私もサッカーをやっていましたから、こういう本格的な所でサッカーが出来るなんて大人でも嬉しいもんですよ」
「そうですね、何だか私もウキウキしてますよ」
「それにしても加藤先生、何で下級生チームのゴールキーパーを健太くんにしなかったんですか。うちの子の話しじゃ、和也くんだって健太くんが選ばれるかもしれないって言っていたらしいですよ」
「そうなんですか、和也がそんなことを言っていたのですか。それだけ健太が頑張っているということなんでしょうけどね。でも、この試合は健太のための試合ではありませんから。技術的には隆司と和也はそう変わらない、でも皆の中ではレギュラーのゴールキーパーは誰に聞いても隆司なんですよね。何故かうちのチームはずば抜けたフォアードはいますが、ゴールキーパーがいないんですよ。今の六年生が抜けて新しい学年のチームになった時に、新六年のチームにゴールキーパーは隆司と和也がいますけど、下の学年のキーパーが弱いんですよ。健太が力を付けてきたから選択の幅は広がりましたから、三人で、四年 五年 六年のキーパーを任せようと思っているので、当然そうなれば三人共六年チームのキーパーを狙ってくるでしょう。この試合で和也が晴哉のシュートをどれだけ止められるか、和也だってかなり健太に刺激されていますからね、私は今日の和也にはかなり期待をしているんですよ」
祐樹のお父さんは、うなずきながら加藤先生の話を聞いていた。
「さすがサンライズFCの名コーチだ、一時の感情に流されず来年度のことまで考えているなんてね。子供達は先生にサッカーを教えてもらって幸せですよ。そうだ、健太くんの頑張りだって私たちの間でも話題になってますよ」
「名コーチだなんて止めて下さいよ佐々木さん。健太も頑張っていますが、私は一人で寂しがっていたときの健太に何もしてあげられなかった。今の健太あるのはあの人のおかげですよ」
「給食のおじさんですか…」
「健太だけじゃなくて朝日小学校で一番子供達のことを考え、子供達の心を掴んでいたのはきっとあの人ですよ。せめてサッカーのことぐらいちゃんと考えてあげないと給食のおじさんに怒られちゃいますからね」
「加藤先生、実は私の親父も大のサッカーファンでね、前に給食のおじさんの話を家でした時、同じ名前の選手が昔いたって話になったんですよ。まだJリーグも出来ていない、日本リーグ時代の話でしたけどね。それでネットで調べてみたら、その人は日本代表候補にも名前が上がるような選手でしが、若いうちに引退していました。引退の理由は目の病気の為と書いてありましたよ」
「そうでしたか」加藤先生には、ある給食のおじさんの言葉が蘇って来ていた。
『加藤先生、将来の日本代表は加藤先生にかかってますよ。お願いしますね』
加藤先生はあの時給食のおじさんに、“健太のことをお願いしますね”と言っているのだと思っていたが、でもそれは健太のことだけではなかったことを今さら思い知らされているかのようだった。
「全く私は今まで何をしていたのでしょうね、きっと給食のおじさんは私のことを見ながら、ずっとじれったい思いをしていたんでしょうね」
「加藤先生そんなことはないですよ、加藤先生は頑張っていらっしゃいますよ。さあ、子供達が待ってますよ、行きましょう」
加藤先生が子供達を集めると、試合に出る六年生チームの子と下級生選抜チームの子はピッチ中央に並び大きな声で挨拶をすると、それぞれのポジションに散って行き、健太は試合に出ない他の子供達と一緒にベンチで下級生チームを応援していた。
審判はサンライズFCの卒業生の子で、自分の時計を見ながらホイッスルを手に持、ゲームの開始を待っていた。
「ピー」ホイッスルが鳴りいよいよキックオフ、六年生のお別れ試合が始まった。
このお別れ試合は毎年行われているものですが、今まで下級生チームが六年生チームに引き分けはおろか、勝ったことはなく、毎年六年生チームが大差で勝っていた。
試合開始早々、晴哉はいきなりゴールを決め、その後も六年生チームの猛攻は続いたが下級生チームも頑張り、特にゴールキーパーの和也には目を見張るものがあった。晴哉の強烈なシュートを和也は必死に止め、最初の一点こそ簡単に取られてしまったものの、それ以降は皆で六年生チームの攻撃を必死にしのいでいた。
誰もが一方的な試合になるだろうと思っていたこの試合が、予想に反して一点を争うゲーム展開になり、健太も皆と一緒に大きな声で応援していた。そして前半終了間際、それまで六年生チームのディフェンス陣に徹底的にマークされていた亮太はサイドからのスローイングのボールを受け素早くパスを出した。一瞬ボールにつられた三人のディフェンダーを一気に振り切ると、再びゴール近くでパスを受け取るとそこからは亮太の一人舞台、小学生生とは思えない鮮やかなフェイントで目の前にいたディフェンダーをかわしシュートを放つと、ボールはもの凄い勢いでゴールネットを揺らした。
「やったー、亮太スゲー」皆亮太の今のプレーにビックリしていて、ピッチの外で見ていた健太も大喜びだった。
前半が終わり、後半が始まると加藤先生は、この試合控えの選手に選ばれている子供達にいつでも試合に出られるようウォーミングアップをしておくように指示し、当然健太もその中に混ざって自分の出番が来るのを待っていた。
前半終了間際の亮太のプレーに刺激されたのか、後半になると晴哉の動きは更に激しくなり、何度も何度もシュート放ちゴールを狙ってきたが、でもそのたびに和也はファインセーブでゴールを守り、亮太もスキがあればいつでも行くぞと言わんばかりの存在感で、六年生三人で亮太を抑えるのが精一杯だった。
試合の注目は完全にこの三人に絞られ、見に来ていたお父さん、お母さんも子供達の頑張りに大きな拍手や歓声をあげていた。
「加藤先生凄い試合ですね、とてもチーム内の紅白戦とは思えない内容ですよ」祐樹のお父さんも興奮していた。
試合は時間が進むにつれますます白熱していったが、でも加藤先生はいつもとは違う子供達の雰囲気を感じていた。
皆一生懸命試合をしているし、見ている子も大きな声で応援している。それなのに何故か加藤先生は子供達が何か別の物を求めているような気がしてならなかった。でも、それが何なのかその時には加藤先生にも分からなかった。
試合は一対一のまま進み後半の残り時間もわずかになってくると、誰もがこの試合はこのまま引き分けで終わると思い始めていた。時間はロスタイムに入るとアディショナルタイムは二分だと加藤先生から告げられた。
この競技場は時間の制限があるため、延長戦もPKも出来ないから時間内で勝負を決めるんだぞと、後半が始まる前に加藤先生は子供達に告げていた。
「残り一分」加藤先生が審判の子に時間を告げたその時、ボールを持っていた晴哉はハーフライン付近から猛然とゴールに向かって走り出した。下級生チームのディフェンス陣は「残り一分」の加藤先生の言葉に油断してしまったのか、完全に出遅れてしまい、唯一晴哉のスピードに付いていけたのはやはりハーフライン付近にいた亮太だけだったが、亮太はペナルティーエリアの手前で晴哉に追いついたものの前に出ることは出来ず、晴哉は完全にゴールキーパー和也と一対一になった。
このまま晴哉がゴールを決めるか、それとも和也がシュートを止めるか、誰もが注目していたが、晴哉がペナルティーエリアに入っ瞬間亮太は明らかに足を引っ掛けるように猛然とスライディングをすると、晴哉は凄い勢いで転げ回ってしまった。
明らかな亮太のラフプレーだった。
「ピー」審判のホイッスルが鳴り亮太前に立つとポケットから赤いカードを取り出した。
「レッドカードだ、PKだ」
子供達がそう叫んだその時、加藤先生の全身には鳥肌が立っていた。
誰もがラフプレーをしてきた亮太に晴哉は怒り、喧嘩になるのではとさえ思ったが、晴哉は立ち上がるとすぐに亮太に近寄り、倒れている亮太に手を差し伸べていた。それはまるで「良くやったな」と亮太に言っているかのように加藤先生には見えていた。
晴哉はその場に立ち、退場する亮太はベンチに向かって歩き出したが、二人の視線はずっと加藤先生を見ていた。
その時加藤先生は二人が自分に何を訴えているのか、皆がこの試合に何を求めていたのかがハッキリと分かり、振り返ると後ろでウォーミングアップをしていた健太呼び選手交代を告げた。そしてこの瞬間晴哉だけではなく、亮太も隆司も、交代する和也でさえもこの時を待っていたかのように目つきが変わったのを見逃さなかった。
それは去年の五月、まだサッカーを始めていない健太が亮太と一緒に晴哉と戦ったあのPK戦。負けはしたが、もう少しで晴哉のシュートを止められそうだった健太に、晴哉もあの時完全に自分のシュートは止められたと思っていた。
あのPK戦をきっかけにサッカーを始め、必死になって練習している健太がほぼ一年たった今、隆司や和也と肩を並べる程のゴールキーパーに成長したことに驚きを隠せなかった晴哉にとって、サッカーをやっていなかった時の健太から奪ったゴールなど何の意味のないもので、いつかもう一度勝負がしたいとずっと思っていたが、遊び半分でやるPK戦などなんの意味もなく、いつか真剣勝負がしたいと思っていたがなかなかチャンスが無く、最後の最後でやっとその時が訪れたのだった。
健太がサッカーを始めるきっかけになった〝あのPK戦〟の話は皆知っていて、晴哉がもう一度健太と真剣勝負をしたいと思っていたことも分かっていたのだった。
加藤先生がこの試合を見ていて感じていた、子供達がこの試合で望んでいたものが、卒業する晴哉のお別れ試合の最後の最後で、それが実現したのだった。
健太は着ていたウインドブレイカーを脱ぎ、シューズのひもを結び直すとゴールに向かって走り出し、途中ベンチの方を振り向くと、健太は亮太に向かって親指を立てていた。
競技場全体の空気が一気に変わった。子供達は戻ってきた亮太と和也をハイタッチで迎え、そして総立で晴哉と健太の対決を見ていた。
晴哉はゴール前にボールを置くと後ろに下がたが、驚いたことに祐樹や他の六年生の子を手で払うように後ろに下げた。それは、もし健太がボールを弾いても絶対に後ろから来てゴールに蹴り込むなという晴哉の無言の訴えだった。
ゴールを決めれば勝、弾かれれば負け。
それはもう試合の勝ち負けなど関係無い、健太と晴哉の一対一の真剣勝負だった。
晴哉はずっと健太のことを睨み付け、そして健太も晴哉のことを見ていた。
競技場に来ていた健太のお父さん、お母さんや他の人達にはこの状況がよく理解できなかったが、子供達の真剣な表情に一種の異様な雰囲気を感じ、健太のお父さんは急にこんな場面で健太が出て来たので、慌てて持っていたビデオカメラで映しだした。
「おい友利子、いったい何が起こったんだ。何でこんな大事な場面で健太に交代なんだよ」
「そんなこと私に分かる訳ないでしょ、いいから黙ってちゃんと撮っておいてよ」
その時の健太はお父さん、お母さんでさえも見たことのないような表情で晴哉のことを見ていた。
競技場は一瞬静寂に包まれ、二人はただホイッスルが鳴るのを待っていた。
審判をしていたサンライズFCの卒業生の子でさえも、この雰囲気に緊張を隠し切れない表情でホイッスルをくわえ少し下がると、手を上げホイッスルをならした。
「ピー」
晴哉は助走をつけ、力いっぱいボールをゴールに向かって蹴り込んだ。
競技場には春の暖かな風が吹き抜けていた。
「あの人に見せてあげたかったな」
加藤先生は目の前の光景をじっと見詰めながら心の中でそう思い、一年前、校舎の陰から給食のおじさんと見守っていた“あのPK戦”と、それまで校庭の隅っこで一人寂しそうにしていた健太の姿を昨日のことのように思い返していた。
そしてピッチに転がっているボールを見つめながらゲームの終了を告げた。
ゲーム終了のホイッスルが鳴り終わると、まるでお互いの健闘を称えるかのように自然と子供達は集まりだし、亮太や和也、そしてゲームに出ていなかった子供達も加わって出来たその輪は、最高の笑顔で包まれていた。
そんな子供達を見詰めていた加藤先生が一番嬉しかったのは、健太がその輪の中心に居たのが健太であることだった。
サンライズFC、六年生のお別れ試合は異様な盛り上がりの中無事に終わり、家に帰る子供達は皆笑顔で今日の試合をそれぞれの思いで話していた。
そして晴哉達六年生は朝日小学校を巣立っていきます。
沢山の思いを宝物にして…
こうした出会いと別れの季節が訪れるたびに、子供達は成長していくのでしょう。
家に帰って来た健太は、お父さんと一緒に今日の試合のビデオを観ていた。
「亮太くんは凄いよな、この同点に追い付いたシュートなんてとても小学生の子とは思えないよ、Jリーグの人が見に来るのも分かるよ、健太も頑張らないとな」
「健太だって頑張ってるよね、最後のPKなんてお母さん見てて感動しちゃたよ。もうお母さん健太のこと大好き」
いきなり抱きついて来たお母さんに健太は凄く照れ臭そうにしていた。
「ピンポーン、ピンポーン」
その時家のインターホンが鳴ったのでお母さんが出てみたが、声が小さくてよく聞き取れず、お母さんは玄関に行きそっとドアを開けてみると門の前に男の子が立っているのが見えた。
「どうしたの」声をかけてみてもその子はモジモジしているだけで何も言わず、薄暗くなっていたので最初は誰だか分からなかったが、その子がさっきまで健太と一緒にサッカーをやっていた晴哉くんだと気が付いた。
「晴哉くん、どうしたの」
「あ、あの健太くんいますか」
そこにいた晴哉はさっきまで凄い迫力でグランドを走り回っていた少年とは違い、ごく普通の男の子だった。
友里子はビデオを観ていた健太に晴哉が来ていることを話すと、健太はビックリした顔をして恐る恐るドアを開けるとすぐ前に晴哉が立っていた。
「晴哉くん、どうしたの」
「健太お前靴のサイズ21センチだったよな、これやるよ」晴哉は持っていった物を健太に渡すと、それは少し汚れたシューズケースで、開けてみるとサッカーシューズが入っていた。
「え!いいの、ありがとう」突然のことに健太はそれ以上言葉が出て来なかった。
「お前と亮太来週の豊川FCの練習試合、新六年チームで出るんだってな」
「うん…、さっき帰る時に加藤先生にそう言われたけど」健太は晴哉に何を言われるのかドキドキしていたが、そんな心配は健太の心の中からすぐに消え去った。
「豊川FCの新六年はそんなに強くないけど、10番には気を付けろよ、あいつは背が高いから絶対に高さで勝負してくるはずだから。まあ、新六年にお前と亮太が入れば負けることは無いだろうけどな」
「晴哉くんパスイクありがとう、僕これ大事にするよ」
「スパイクなんかいいんだよ、それより健太お前頑張れよ。お前が頑張って上手くならないと、四年生にPK止められた俺がカッコ悪いだろう。じゃあな」
そう言い残すと晴哉は行ってしまった。
「晴哉くんなんだって。何それ、どうしたの?」
「サッカーシューズだよ、晴哉くんが使っていいよって持ってきてくれた」
「えー」お母さんがシューズを出してみると、デザインは少し古い物だがほとんど使ってないような、少し汚れが着いている程度の物だった。
「健太良かったね、今履いているのもう小さくて足が痛いって言ってたもんね。晴哉くんの家にお礼言わないとね」
友里子はサンライズFCの名簿を取り出し晴哉の家に電話をしていた。
「もしもし井上さんですか山崎です、サンライズFCで四年生の健太がお世話になってます」
「健太くんのお母さんですか、いいえこちらこそ、いつも晴哉が何かご迷惑でもかけているんじゃないかと…、何かありましたか」
「いえ、そんなんじゃないですよ、今晴哉くんが健太にってサッカーシューズを持ってきてくれたから、お礼にと思って電話したんですよ」
「晴哉が、あの子サッカーシューズ健太くんの所に持っていったんですか。あのサッカーシューズはあの子が前に履いていたシューズなんですけど、すぐ足が大きくなって何回も履かないうちに使えなくなったんですよ。まだ使えるから誰かにあげようかって言ったんですけど、あの子が試合に出て初めてゴールを決めた記念のシューズだからってずっとしまっておいたんですよ。でもさっき帰って来て急に出してって言うから出したんですけど、あの子何も言わずに持って出ていちゃたから。きっとシュートを止められて、健太くんに使って欲しいって思ったんじゃないですか」
「そんな大事なシューズいいんですか」
「あの子が自分で持っていったんだからそうしてあげて下さい。もう三年前のモデルだからデザインは古いんですけどね。それに練習の鬼の健太くんならすぐにボロボロになっちゃいますよ」
「そんな健太が練習の鬼だなんて、晴哉くんに比べればうちの子なんかまだまだですよ」
「そんなことないですよ、サンライズFCじゃ努力家健太くんって皆さん言ってますよ、加藤先生も子供達が健太くんに刺激されているって。確かにうちの晴哉も健太くんがサッカーを始めてから変わったような気がしますからね。晴哉も健太くんに使って欲しくて持って行ったのですから、何も気にしないで使ってあげて下さい」
「井上さん、ありがとうございます。健太も喜んでいますから」
電話を切った友里子は健太に話してあげようと呼んだが、そこには空っぽのシューズケースが置いてあるだけで、お父さんは一人寂しそうにビデオを編集していた。
「健太なら公園に行ってくるって出て行ったぞ」
「でた、練習の鬼」
「練習の鬼?何それ」
その日健太は真っ暗になっても帰って来なかった。
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