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空気の読めない男
向井彼方は男の一人暮らしとは思えない掃除の行き届いた部屋を見まわしてから、タオルを差し出してくる優人を見上げた。
「なぁ、シャワー貸して」
「シャワーだけだと体が冷えるから、お湯張るよ。少し待ってて」
彼方がタオルを受け取れば、優人は棚からマグカップを取り出して、そこに牛乳を注ぐ。レンジで温め、蜂蜜を入れればホットミルクの完成だ。
「ガキじゃないんだけど」
「風邪をひきたくないんだったら、体温めないと」
お節介を発揮する優人に、彼方は調子を狂わされる。厭味や皮肉が全く通じそうにない相手に多少苛つきながらも、コトリと目の前に置かれたカップを手に取り、ホットミルクに口を付けた。
口の中に広がる優しい甘味が気持ちを落ち着かせる。ほどよい温度の牛乳が食道を伝って、お腹から全身に温かさが広がった。彼方はどこか負けたような気がして、ムスッと眉を寄せた。しかも、彼方にはホットミルクを出しながら、自分のマグカップにはインスタントコーヒーを淹れている優人を見て、憎らしさが倍増する。
「なんでアンタはコーヒー?」
「俺が大人だからかな? ふふ、そんな顔しても怖くないよ」
「――っ! 子ども扱いすんなよ。俺は大学一年――」
マグカップをテーブルに叩きつける様に置いて、優人に言い返そうとしたところで、流れ始めるオルゴールのようなメロディー。彼方は余りにも空気が読めないお湯張り完了を知らせる音楽に口を噤んだ。
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