CHORNO-BOG

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 状況は絶望的だ。わたしは、一体どうすればいいのだろう。  再び目を瞑って考えようとしていた矢先、室内にけたたましい音が鳴り響いた。今度は警報ではない。あの音はもううんざりだった。  わたしは固定電話の受話器を取った。こんな時に電話をかけてくる人間なんて、一人しか思い浮かばない。 「……もしもし」わたしが名乗ると、意外にも反応は早かった。「ああ、もしもし。未玖です」  予想はしていたが、実際にその冷たい声を聞くと無意識に頬がひきつった。わたしは受話器を持つ手に力を込める。  この機械の向こうで、彼女は拳銃を握っている。そう考えると酷く恐ろしかった。 「どうでしょう、そろそろ状況は理解していただけましたか?」  未玖の声は、どこからか余裕を感じさせた。わたしを動揺させるためにあえて演じているのかもしれないが、一方で実際彼女が圧倒的に有利な立場にいるのも事実だ。 「ええ」わたしは緊張を悟られぬよう、冷静さを装う。「そんなにわたしを恨んでた?」 「……」未玖はわざとらしく沈黙を選んだ。わたしはくすっと笑い声を作り、しかし電話機の置かれている台の上で爪を立てた。 「あれ?」わたしはふと、重要なことを思い出した。「そういえば、ここはさっきまで圏外になっていたはずだけど」  もしかして電波が復旧したのかと思ったが、そうではなかったらしい。スマホには依然として圏外の表示が出ていた。 「ええ、圏外ですよ」未玖は饒舌だった。声が調子よさそうに弾んでいる。こんな時に限ってとは、なんとも性格の悪いメイドだ。 「そうですね、一時間ほど前から、この周辺一帯には妨害電波が発生しています」 「妨害電波?」わたしは眉をひそめた。「まさか、東京中から通信手段を奪い去ったと?」  そんなことをしたらどれだけの損害が出ることか、わたしには想像もつかなかった。だが会社の心配をするには及ばなかったらしい。世にも珍しく、未玖は吹き出した。 「いいえ、さすがにそこまではしませんよ。マンションのごく周辺のみです」  未玖の返事を聞いて、わたしは納得した。なるほど、未玖が妨害電波を発生させたのは、どうやらわたしを棟内に孤立させるためだけではなかったらしい。
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