CHORNO-BOG

8/18
前へ
/18ページ
次へ
 わたしは目を瞑った。困窮した時は、いつもこうして自分を落ち着かせる癖がある。  大丈夫だ。わたしは死なない。国内のネットショッピングサービスの先駆者となり、わずか十五年で国内最大手まで登りつめたほどのわたしの経営センスには、状況判断力と危機回避能力の高さが大きく起因している。  どんな危機も、わたしなら回避できる。  わたしは目を開いた。新鮮に生まれ変わったように見えた世界が、一瞬眩く輝いた。  先程の警報を思い出す。この部屋から外部へ連絡することはできなくても、あの警報が確かなら警察への通報は速やかに行われている。駆けつけるまで、わたしはただ時間を稼げれば良い。武器を持った相手に対抗する事は出来なくとも、時間稼ぎなら、可能だ。  わたしはもう一度モニターへ向かった。エレベーター内の監視カメラの映像をクリックし、内部が無人であることを確認する。未玖はまだここまでたどり着いていない。自然と笑みがこぼれた。セキュリティの最深部にアクセスする。わたしには管理者権限がある。  わたしにのみ許された権利を駆使して、わたしにできる時間稼ぎ。  わたしは振り返り、ガラス張りの部屋の外、その分厚い鉄の箱をこの目に捉えた。やってやる。  エレベーターを止める。未玖の移動手段を、潰す。  行動は早かった。焦らずに、確実に処理を行っていく。エントランスからエレベーターホールまでは、そこそこの距離がある。大丈夫、まだ未玖はたどり着かない。時間はあるはずだ。  わたしは息を吸い込んだ。キーボードを叩く音だけが響き、わたしは冷静さを取り戻していく。「来た!」わたしは思わず叫んだ。エンターキーを押し込み、作業が完遂する。わたしは再び監視カメラの映像に目を移した。エレベーター内部の照明が落ち、映像が真っ暗になる。エレベーターがその機能を停止したのだ。  わたしは小さくガッツポーズをした。これで、時間は作れた。あとは警官隊の到着を待つのみである。これでいい、わたしはもう、ほとんど安全なのだ。逆に言えば、これ以上わたしにできることはない。わたしは安堵の息を吐き出し、デスクに手をついた。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加