尚子

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「隣にいる……裕美子が隣にいる………」  (うつむ)いて泣きながらそう呟くと,電車がトンネルを出た。恐る恐る顔を上げると,横には友達ではなく裕美子が座っていた。  尚子は再び黙って俯くと,しっかりと手を握り締めて涙をこぼした。そして心の中で何度も『ごめんなさい,許して下さい』と唱えた。  横にいる友達は尚子の様子がおかしいことには気づかず,普段通りに接してきた。その言葉はどこか遠くから話し掛けられているようで,尚子は顔を上げることができなかった。  友達に助けを求め,囁くように「助けて……」と訴えた。その言葉に反応するかのように,横にいる友達が黙ったまま尚子の手を握った。その手は異常に冷たく,そして骨が皮を突き破り,真っ黒に汚れていた。その瞬間,恐怖でますます身体が動かなくなり,何もできないまま握られた手を黙って見ていた。  尚子は隣にいるはずの友達がそこにはおらず,裕美子に手を握られたことを悟った瞬間,二度と戻れないドアを開けて中に入ってしまったように感じた。 「私……もう……戻れないんだ……」  涙が止まらず,恐怖と不安に包まれていた。これから先どうなるのか,なにが起こるのかわからない,裕美子がアパートで感じたであろう恐怖と不安が尚子を押し潰そうとしていた。 「全部……律子のせいなのに……私だってあんなことするのヤダったのに……でも,逆らったら私が虐められるから……」  電車が目的の駅に到着すると,身体が震え,いつまでも席を立とうとしない尚子を友達が手を引いて電車から降ろした。 「ねぇ……尚子…大丈夫? さっきから,なんか変だよ?」  声を掛けられ,目の前にいる友達に再び助けを求めようと顔を上げたが,そこにいるのはグチャグチャに潰れ人の形すらしていない裕美子だった。グチャグチャの肉塊が不安定にグラグラしているだけだったが,それが裕美子だというのはわかった。
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