裸火

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燃え上がった制服が悦んでいるように波打つ。 快楽に波打つ女の腹のよう。 チカはその炎の中に彼女を見る。 真っ黒な髪をチカの肌に垂らしながら舌をのばしている美しい彼女を。 厚い唇は炎の色と熱をおびて今にもチカを焦がしそうだ。 彼女の吐息を顔に浴びたチカも炎の中に。 遠くに朝陽に満ちた自室が見えた。 丸められた毛布が寂しそうにしている。 かわいそう、と言いかけて言葉につまる。 彼女の熱い唇がチカの口をふさいだ。 口中が彼女の吐息で満ちる。ゆで卵のような匂いがチカの口腔から鼻腔にぬける。 頭蓋骨に入り込んだ蝶が橙色の鱗粉を振りまいて羽ばたく。 臓腑で繋がったような一体感に貫かれ、橙色の鱗粉は白くなる。 焦げる音とともに鱗粉は燃え上がり白に。 純白の粉が降り注ぐ。 それは彼がふざけてチカに投げつけた粉雪。 彼の笑い声がするけれど姿は見えず、チカは真夜中の公園でひとりきり、粉雪をかぶって立っている。 近くの街灯が黙りながら降りはじめたばかりの雪を照らしている。 お気に入りのセーターのフリースコートの襟をかき合わせてチカはからだを丸める。 見つけて見つけて。 声がした。 無言の街灯のほう。 彼の声でもチカの声でもない。でもチカは無視できない。 見つけて見つけて、私を見つけて。 チカは街灯に近づく。 聞こえないふりなんて出来ない。 ちゃんと見つけてあげるよ。 今度はチカの声。 ちゃんと見つけたよ。 いや、彼の声だ。 街灯の明かりのなかに入る。 照らされた地面には凍った男の手がひとつ。 チカは屈み込み、手を握る。 氷のように冷たい手はチカの熱を吸ってとっていく。 もっと触れて、もっとちゃんと。 手が動いた。 チカの手を握りしめる。 ようやく微笑んでいる彼の顔が見えた。 震えながら口が開く。 『灰になったら捨ててしまって』 粉雪が舞う。 真っ白い粉。 ああ、これは彼の燃え殻、彼の灰。
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