裸火

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あたりに散らばる彼の燃え殻。風が吹いたら散り散りになってもう二度と抱きかかえられそうもない。 あの日々には壊れてしまいそうなほど強い力でチカを抱きしめてくれたのに。 彼の燃え殻、真っ白い粉雪は煙草の甘い匂い。 いつも彼のシャツやジーパン、指の股に染みついていた匂い。 地面に落ちていた彼の手首を拾いあげたチカは、甘い匂いが染みついた彼の指をぺろりとなめた。 舌がひたりと彼の皮膚にはりついてとれなくなる。 風が吹いた。 暖かいね。 彼が微笑む。 粉雪が舞い上がった。 彼の燃え殻が吹き飛ばされる。 いつかみんなばらばらに。 乾いたからだの穴は冷たいね。 泣いているような声で彼は言う。 皮膚にはりついた舌を引き剥がす。 小さく千切れて舌は裂け、溢れ出した血が彼の皮膚を流れ落ちながら凍りつく。 甘い匂いは吹き消され、舞い上がった彼の燃え殻がチカに降り注ぐ。 凍りついた血は赤い玉となってころころ転がり、彼の燃え殻に血の筋を走らせる。 ぼくらは毛虫、たがいの肌を這い回り吸い付きくすぐり粘液で汚す。 燃え殻に走った血の筋は見る間に黒くなり、それは誰かが砂浜に垂らした小水のあとだ。 足の指のあいだに入り込んだ砂を弾きながらチカは目を細めて海原を見渡した。 ああ、みんな浮かんでる。 ぷかぷかと海原にチカを抱いたたくさんの男と女が浮かんでいる。
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