夫婦湯のみ

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これがただのありふれた毎日のことでも それでも私は………。 ぬるくなった湯のみのお茶を少しだけ啜ると 春先になろうとしている空を目を細めながら見上げた。 この湯のみを買ったのは、 かれこれ45年前の春の日だった。 夫婦の契りを交わし、夫婦になれたことが嬉しくて 毎日がとても楽しく、浮き足立っていた勢いで 2人で出かけた陶器屋で買った夫婦湯のみ。 小さな桜の模様が入った色違いの湯のみは、私たちが歩んできた時を一緒に刻んできた。 くだらない喧嘩をした日も 笑いが止まらず笑い続けた日も 家族が増えた日も 一日の終わりには、お茶を入れ一緒に飲むのが当たり前になっていた。 ただ、当たり前の日々が続くと思っていたけど 毎日が大切な日々だったと気付かされたのは しわくちゃになった手で湯のみを持ち一緒に縁側に座り ひたなぼっこをして過ごす様になってから……。 あなたは、いつもくだらない話しばかりをして 大きな声で笑い飛ばしてくれてたのを私はいつも目を細め見つめていた。 出会ったあの時からずっと…… あなたの無邪気な笑顔を見るのが好きで 一緒になってからも変わらずの笑顔を向けてくれたのが幸せだった。 湯のみを縁側にコトンっと置くと いつも隣に座ってたあなたの陽炎が 春風と共に消えた……。 今のそこに居た残像がこの瞼の裏には残り 静かに涙が溢れて頬を雫が流れた…。 もう数年以上にもなるのに、 まだ私はあなたの残像と こうやってお茶をしている。 思い返せば、あなたの笑顔しか浮かばないように 私が寂しくからないようにしてくれて…ありがとう。 春風が穏やかに吹く縁側には 桜がチラチラと花びらが舞う中に、 桜の模様が入った使い古した夫婦湯のみが静かに二つ寄り添う様に並んでいた。 ねぇ、あなた聞いてますか? 来世でも、またあなたの笑顔が見れる隣に私は居たい。 私は我儘だからあなたを困らせてしまうかもしれないけど もう少しだけ待っててくださいね。 そちらに行ったらまた、一緒にお茶を飲みましょうか? あなたの好きなお菓子も用意して…。 今年もあなたの元へと桜が舞って届きますように……。
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