一 ゴースト艦隊

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一 ゴースト艦隊

 グリーゼ歴、二八一五年、十二月八日。  オリオン渦状腕外縁部、テレス星団カプラム星系、惑星カプラム静止軌道上、商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉。  テレス星団は、テレス星系(惑星テスロン)、フローラ星系(惑星ユング、惑星ヨルハン)、カプラム星系(惑星カプラム)から成り立っている。  これまで、他宙域からテレス星団に侵略したディノスがテレス星団を支配してテレス帝国として君臨していたが、ジョーたちカプラム(カプラム星系惑星カプラムのネイティブヒューマ(人類の子孫・ヒューマン)によって、ディノスのテレス帝国は壊滅した。  カプラム星系惑星カプラムは、かつてのカプラム共和国として再興の途上にあった。  テレス帝国を壊滅して故郷の惑星カプラムの、静止軌道上に凱旋した商業宇宙戦艦〈ドレッドJ〉の指揮官ジョーは何かが気になっていた。そして、その事が何かやっと気づいた。テレス星団の各星系へ交易しても、顔を合わせるヒューマ(人類の子孫・ヒューマン)に老人がいない。なぜだ?  ジョーの記憶に、老人が亡くなる場面が無かった。それが何を意味するか、ジョーは判断に迷った。まさか、若いヒューマが老人を食糧にしているのではあるまい・・・。いったいどう言う事だ?理解できないぞ・・・。まてよ・・・。  ジョーはある事に気づいた。ここオリオン渦状腕外縁部のさらに外縁に、ディノスが支配する星系が存在する。ジョーの先祖がヘリオス星系の惑星ガイアからこのテレス星団に入植してまもなく、それらディノスが支配する星系からの侵略を防ぐため、一大艦隊が組織され、テレス星団からオリオン渦状腕最外縁部へ飛び立った、遠い過去の物語があった。  あれは作り話ではなく、真実だったのかも知れない。  そして今も、艦隊へ人員が補給されている。  もしそうなら、補給されるのは老人だ。  余命幾ばくもない者たちが補給されて、艦隊の兵員として活動している・・・。  艦隊は老人でも活動できる環境か?  それとも老人の余命が延びるのか?  重力が減れば活動は楽だが体力は急激に低下する。  余命が延びるなら、細胞が若返らぬ限り有り得ない現象だ。  一度確認する価値がある。それとも老人の行方を探るのが先か? 「クラリス!テレス星団の老人はどこへ行くんだ?」  ジョーは司令室のコントロールポッドからAIクラリスを呼んだ。  ポッドの横に、金髪碧眼のテレス連邦共和国軍警察重武装戦闘コンバットの若いクラリスのアバターが現れた。今日のクラリスはカプラムの戦士だ。 「オリオン渦状腕最外縁部を守備する艦隊、『オリオン渦状腕最外縁艦隊』、通称『ゴースト艦隊』へ行きます。艦隊の兵員よ」 「あのゴースト艦隊は作り話じゃなかったのか?」 「長年にわたって、テレス帝国がテレス星団のヒューマの記憶を操作してきました。  テレス帝国が壊滅した今、疑問に関する記憶がヒューマに出現しています。ゴースト艦隊について疑問を呈したのはニオブを除き、ニュカムのあなたが最初よ。ジョー」 「キティは?」 「キティー艦長もニュカムですが、ジョーほど能力に長けていません」 「老人たちが兵士として役立つ理由は何だ?」 「余命が無いと判断した彼らは、死を恐れない。  精神と意識から痛みと恐怖を取りのぞけば、率先して様々な身体処置も受ける。  危険な宙域にも侵攻する。  何よりも彼らをそうさせるのは、オリオン渦状腕最外縁部に存在する、物理学を否定する現象、時空間の反転現象よ」 「何だ?」 「時空間の逆転です」 「時空間の膨張が収縮に向うのか?」 「そのような宙域があって、ディノスはその宙域を死守してる。  そのため、こちらへの侵攻を控えてる」 「なるほど、シャングリラを異星体に渡せないか。  もしかして・・・」  ジョーは考えを話そうとした。 「ジョーが考えているようなブラックホールではなく、ワームホールの新形態です。  いったん収束して、他の時空間へ膨張拡散するの。  こちらの時空間が他の時空間へ吸い出される。  それらの時空間近傍で、時間の反転が生じてる」 「その宙域は、移動するのか?」 「安定した宙域です。だから、ディノスが死守してる」 「ゴースト艦隊の役目は何だ?」 「最初はディノスの侵攻を食い止めていました。  今はそれら特異点宙域の死守です。  老人は皆、若くなってる・・・」 「なるほどね。テレス星団に老人がいないわけだ・・・」  テレス星団は、テレス星系、フローラ星系、カプラム星系から成り立っている 「ジョー。ゴースト艦隊との交易を考えてるの?」 「ああ、考えてる。ゴースト艦隊は大艦隊だろう?」  年老いた先祖たちが送りこまれていれば、それなりの大人口だ。 「ええ、そうです。圧倒的な大艦隊です。惑星カプラムの人口に匹敵する兵士がいるわ」 「一億か?いったいどういう艦隊だ?」 「へリオス艦隊のような攻撃用球体型宇宙戦艦や惑星移住計画用球体型宇宙戦艦が、多数結合して惑星規模の一つの巨大艦体を構成してる。  現在も新たな攻撃用球体型宇宙戦艦や惑星移住計画用球体型宇宙戦艦が建造され、巨大艦体は増殖してる」 「一つの国家か・・・。  戦艦内に食糧生産プラントがあるな・・・」 「そうね」 「何を欲しがってる?」 「食肉です。レビンやバロム、ポロニム、ターキンのような」  かつての惑星移住計画用球体型宇宙戦艦には合成食肉生産プラントはあるが、家畜生産プラントは無い。その事はへリオス艦隊を管理しているクラリスも確認している。   「他は?」 「ロドニュウム鉱石です。これは交易してはいけないわ」 「わかってる。我々の惑星や小天体を削って売るわけにはゆかない。  そんな事をしたら、テレス星団の質量バランスが崩れる。それは俺でもわかる」 「家畜生産による食肉は大気同化です。食肉を出荷した後、消失したカプラムの大気の不足分は、交易先の小天体を捕獲して抽出して補えばいい。その時、運がよければロドニュウム鉱石の採掘ができるわ」 「ゴースト艦隊に、俺の先祖もいるか?」  ジョーはまさかそんな事はあるまいと思った。 「〈ドレッドJ〉の乗組員全員の先祖がいるわ」  クラリスは笑っている。 「なんて事とだ!早速、交渉してくれ」  驚きを隠せないまま、ジョーは指示した。 「不可能です」 「なぜだ?」 「任務上、ゴースト艦隊は全ての通信を断ってる。直接、会うしかないわね」 「誰に」  クラリスは誰に会おうというのか。 「かつての地球国家連邦共和国宇宙防衛軍へリオス艦隊総司令官カスミ・シゲルと、ジョージ・ケプラー博士とモリス・ミラー博士です」  ジョーは驚いた。 「八百年も前の先祖だぞ。先祖が皆いるのか?」 「全てではないわ。ニオブ的存在になっている者もいます」 「その事は、先祖に会ってから聞こう・・・」  ジョーはコントロールポッドから妻のキティー艦長を呼びだし、現れた3D映像のキティーに伝えた。 「オリオン渦状腕最外縁部へスキップしてくれ。  乗組員全員をコントロールポッドに待機させろ。  準備できしだい、クラリスが5D座標を指示する」 「最外縁部で何するの?」  キティーは不審な眼差しでジョーを見た。やっと惑星ユングから帰還したのに、もうこの有様だ・・・。キティーはジョーのコントロールポッドの横に立つクラリスを睨んだ。 「クラリス。しばらくのんびりするように言ってちょうだい。  これじゃあ、結婚しても、ゆっくりする暇がないよ」  クラリスは何も言わない。キティーに苦笑している。 「わかった。二日間のんびりしよう。乗組員に休暇を伝えろ」  ジョーがそう言った。 「了解。連絡後、居室に戻る。あなたも戻ってね」  キティーが笑顔になった。 「わかった。これから居室に行く」  司令官の居室は艦底から六層階の司令官室奥にある。十層階の最上階はキティーが詰めているブリッジだ。 「クラリス、二日間の休暇だ。頼むよ」  「わかりました。ジョー」  クラリスは何か言いそうな顔でジョーを見ている。  ジョーはコントロールポッドから出て司令室の奥へ移動し、壁のダイアフラムを開いて居室へ入った。司令官の居室はコントロールポッドを拡大した造りだ。  居室内に乗組員へ休暇を伝える指示が伝わり、壁のダイアフラムが開いてキティーが現れた。 「会いたかったぞ」  キティーはジョーに抱きついた。二人はそのままベッドへ倒れた。 「惑星ユングと惑星テスロンの開発に、アントンが尽力してる。  ドレッド商会を基盤に、各惑星に共和国が建国される。  テレス星団に、テレス連邦共和国が成立する・・・」  冒頭で述べたように、  テレス星団は、テレス星系(惑星テスロン)、フローラ星系(惑星ユング、惑星ヨルハン)、カプラム星系(惑星カプラム)から成り立っている。  これまで、多宙域から侵略したディノスがテレス星団を支配してテレス帝国として君臨していたが、ジョーたちカプラム(カプラム星系惑星カプラムのネイティブヒューマ(人類の子孫・ヒューマン))によって、ディノスのテレス帝国は壊滅した。そして、各星系にかつての共和国が再興しつつあった。  寝物語に似合わないと思いながら、ジョーは話を続けた。 「各惑星の開発をアントン指揮下のドレッド商会に任せても、ドレッド商会の中枢は我々〈ドレッドJ〉だ」 「〈ノア〉がそうだった。ギリィ艦長とジョージ司令官だったな・・・」  キティーは、クラリスによって全ての経歴が変えられる前を思いだした。この事を記憶しているのはキティーとジョーとクラリスと、アントニオ・バルデス・ドレッド・ミラー、通称アントンだけだ。 「テレス星団の開発と交易はアントンに任せ、ゴースト艦隊と交易しようと思う。  先祖に会えるぞ」  ジョーはオリオン渦状腕外縁艦隊について説明した。 「ジョージ・ケプラー博士とモリス・ミラー博士か」  キティーは先祖を連想した。
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